ここ数日,朝縛り付けられている倦怠感がなく過ごせており,久しぶりの感覚が嬉しい.
「明日災害が起こったらどうするか」という観点に立つと,やはり過去の災害で検討されてこなかった,無視されてきたあらゆる可能性について事前に議論しておくことが重要で,前例主義を適用するべきではない.前例主義とは学ぶ者としてのアティチュードしか取っていないことの証左ではないか.計画者・設計者はある種のクリエイターなのだから,前例も見つつ,それらを解体して,可能性と理想を混ぜ合わせて「ないもの」を提案しなくてはならない.「ないもの」の提案がなければ,今まで見過ごされてきたもの,権力の非対称性の中で無視されてきたものは救えない.
「被災地の復興」から「被災者の復興」にシフトするトレンドは共有されつつあるが,日々の生活がもたらす「生きている」という感覚への解像度が足りない.自助という言葉が無神経に使われすぎている.生存感があって初めて自らを助けられるのではないか.計画者としてはまず生存を助けるべきであり,その生存は単純に「命がある」という状態を指しているのではない.