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生きた心は静かな心であり、生きた心は中心も空間も時間も持たない心である。こうした心は無限の拡がりを有しており、それは唯一の真理、唯一の真実である。

あなたが食べている時は、ただ食べなさい。散歩に出かけている時は、ただ散歩しなさい。「私は何か他のことをしなければならない」と言わないように。その行為に完全な注意を払いなさい。

「私」は記憶の束です。それは時間であり、単なる時間の継続は、あなたを時間を超えた永遠なるものへと導くことはありません。

われわれが沈黙に耳を傾けないのは、われわれの耳が精神のざわめきでいっぱいになっているからである。

長い間反応し、何かを投影したり、防衛したり、あるいは主張したりするように条件付けられてきた脳細胞は、物事をありのままに見ることによってのみ静かになる。このような沈黙の中で、見る者、経験する者という中心が終焉した時にはじめて、混乱を生むことのない行為が生まれる。

特別な意見に捉えられた心、あるいは観念、信念、教条の網に掴まえられた心…そのような心には確かに再生はあり得ません。それは生を新たに見ることができません。それらのものが脇にやられ、心が自由であるときだけ、心は生を新たに見ることができるのです。

快楽と苦痛を生むのは個別性である。憎悪と戦争を引き起こし、人と人を分かつ壁、各人のまわり、家族、集団のまわりに壁を築くのは個別性なのである。

「こうあるべきだ」とされるもののこの模倣が、恐怖を育み、そして恐怖が創造的な思考を殺します。恐怖は精神と心を鈍らせ、私たちは人生の意味全体に対して鋭く目覚めていることができなくなります。私たちは自分自身の悲しみに対して、他の人たちの微笑や惨めさに対して鈍感になるのです。

本当は明日などというものはないのであって、明日とは思考が自分の浅薄な野心や満足を実現するために生み出したものなのである。思考は数多くの明日を生み出すが、本当は明日などない。明日に対して死ぬことは、今日を全的に生きることである。そうすればあなたの存在全体が変容をとげることであろう

あなたが何も知らない向こう岸、理知にたけた思考によっては補足できない別の次元から歩き始めてみたまえ。

この憎しみの世界は私たちの親の世代、先祖、そして私たちによって創り出されたものです。そういう訳で、無知が過去から果てしなく続いてきたのです。それは自然に生まれたのではありません。それは人間の無知の結果、歴史的なプロセスです。

リアリティは逃避の中でではなく、生きることの中でだけ理解されうるのです。人生の目的を追い求めるとき、あなたは実際は逃避しているのであって、あるがままの生を理解しているのではないのです。【人生をどう生きますか?セクション1第7章第5節・自我の終焉より】

個人的に、私生活、内面生活において、私たちは攻撃的で暴力的です。だから外部的にも、他の人々との関係においてもそうなのです。野心的で、貪欲、もの欲しげであるとき、私たちは外的、集合的にも攻撃的、暴力的で、破壊的になるのです。【人生をどう生きますか?セクション2第2章第9節】

瞑想は常に新たである。それは何の連続性も持たず、それゆえ過去は瞑想のうえに何の影も投じない。

関係や信念や行為のどこにも安定などはない。そしてそのありもしないものをを追い求めるがゆえに、我々はかえって周囲に無秩序をもたらしてしまう。

リアリティは逃避の中でではなく、生きることの中でだけ理解されうるのです。人生の目的を追い求めるとき、あなたは実際は逃避しているのであって、あるがままの生を理解しているのではないのです。【人生をどう生きますか?セクション1第7章第5節・自我の終焉より】

目覚めた精神、内から燃え上がる精神にとっては、どんな種類の働きかけも不必要である。

自己を理解するというのは、一つの結論を得たり、目的地に達したりするようなものではありません。それは関係という鏡―「私」と財産や、物や、人間や、観念との関係を鏡にして、そこに映った「私」の姿を刻々に観察することにほかならないのです。

我々人間は皆、夢中になれる何らかの玩具を持っている。その玩具がある時は我々は平静でいられると考えている。だが、学問や文学その他の知的活動に専念する時には、その玩具はただ心を夢中にさせるだけであって、心を真に平静にすることはできない。

あなたは自分自身を知れば知るほど、はっきりと物事が見えるようになってきます。自己認識には終わりというものがなく、目的を達することも、結論に達することもないのです。それは果てしのない河のようなものです。それを学び、その中に深く突き進むにつれて、あなたは心の平安を見出してゆきます。

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