「常に正しくあらねばならない」というプレッシャーを感じるという気持ちはわかる わたしもそうだから でもプレッシャーに感じるだけで済んでいるのは、わたしが多くの点でマジョリティだからだと思う

わたしはじぶんがただ生きているだけで誰かを踏む存在である現実が耐えがたくて、でも生きるのをやめる決断もできなくて、だからせめてなるべく踏まないように、踏まずに生きられる社会にするために、考え続けなければと思っているので 望んで生まれてきたわけではないけれど、生まれてきてしまった以上は逃れられない責任というか、生き続けることを(消極的にでも)選択したことへの罪滅ぼしというか、そういう感覚です、いつも

だからプレッシャーだよいつも 優しくありたいというよりは、ただ無害な存在でありたいのだと思う 無害でいられるなら、罪悪感を覚えずに生きていられる気がして

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このプレッシャーというのは外圧ではなく、じぶんの内面にあるものです

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