ハフポストが「ツイッターの柴犬を隠しコマンドはくるくる回ります」とワクワク発信していて、それに「かわいい」という反響がついているのを見たんだが、私はあの柴犬に狂気しか感じなかった。
ていうか、サービスデザインとかユーザー中心設計とか、ツイッターはちゃんとそういうの設計してたと思っていたけど、ここ数年は倫理観においてすごく排他的というか危機感を感じる。
ブランディングは事業の軸だと考えていたから、ブランドアイコンがいきなり関連性のない表象に変わるってけっこう拒絶反応があった。
一体どんな意思決定プロセスがあったのかなと思ったが、イーロンマスクの一存で決められたとしたら、結構ぞっとするなって、もう感覚的に思う。
「Twitterは、全て私の一存でどうにでもできる」とイーロンマスク帝国の旗を掲げられたような気持ちになったのは私だけなのか。
これって鋭い意思決定と呼ぶのかな