何となく目に留まった作
ゆめに散る花ことごとく蒼くしてこの世かの世にことば伝えよ
雪も石もてのひらにひびく億年の孤独のうちにほろびしときより
純白の毛皮ふぶけるその胸の傷痕あまた星よりきたる
みずあさぎゆきのあけぼのゆめのはし 花も香りも比喩である島
天心に青風の舌ひらめきて見上げるときの頰白鮫(レクエイム・シャーク)
億年の時分けてゆく蒼き鰭 摩天楼の上に風はなみうつ
水球にただよう小エビも水草もわたくしにいたるみちすじであった
骨となりてのちにあばかるる罪 海牛の歴然と五指をもてる鰭
デボン紀の海に生まれしわれを知る水族館の魚らの回遊
恋人たちが見つめあわずにすむように花火は天の高みにひらく
みずからの上に落つるをさだめにてしろがねりりしき秋の噴水
テールランプが醜くともる雪の昼われらは輪廻の物語する
すきとおる宇宙の中に座していてそれでも夜が明けてゆくのか
輪郭のあわき自分であることもこの水の国に生まれたるため
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井辻朱美が自己を問題にするとき、常に時空を長大に捉えて、大きな流れのなかに置かれたものとして歌うのが、しばしば社会リアリズムに傾きがちな短歌とは異なる作風を呈示していて心強い