ひろし×人魚ラハの見たいとこだけ
オーシャンフィッシングを始めたひろし(しかし下手)(不釣のひろしとさえ呼ばれる)が、修行のために湖でボート釣りを始める。なんで釣れないんだよぉ~陸上なら俺ぁ最近敵無しだぜー?!とかブツブツ言ってたら、ちゃぽん……凪いだ水面から人の頭が現れた。
「ぅおあっ?!」溺れているのかと瞬時に手を伸ばしたひろしだったが、紅珊瑚のような鮮やかな赤髪をしっとりと肩にはわせた獣耳の青年は一歩(?)後ろへ離れた。スイ、と音もなく後ずさる動きは人のそれではない。「なんだ……セイレーンの類か……?」「……あんた、つよすぎるんだよ。魚が、あんたのオーラを感じとってにげてる」口を開いた青年はおもむろにそう呟くと、ぽて、と一匹の青魚をひろしのボートに献上した。「なぁ、さっきのはなし、ほんと?」「話?」「ぼうけん」どうやら彼が示しているのは、先程ボートの上で愚痴よろしくひろげていたもののことらしい。「まぁな」「……」「冒険、好きか?」「! ……うん!」
そうして始まるひろしの湖通い。
ラハは海の魔女につけられたと言われる魔の瞳のせいで湖に閉じ込められており、海洋に出ることは叶わない。ひろしのためにお魚とかカニとか綺麗な石とかを集めながら、ひろしの冒険の話を聞くのを楽しみにしてるのだ。
ひろし×人魚ラハの見たいとこだけ4
「さよなら。オレの、いちばんあこがれの英雄______!!」
風が暴いたローブの内には、銀泪湖の光る雫を閉じ込めたようなクリスタルに侵食されたグ・ラハ・ティアの姿があった。ひろしから絶え間なく無尽光を集め制御しているのだろう。目に見えない鱗が剥がれ落ちていくように、彼本来の姿が徐々に顕になっていく。それは2本の足で立つ人間ではない。空中を泳ぐように揺蕩う、一人の人魚がそこにはいた。
(っ、グ・ラハ……ティア……!!)
水晶公の“その姿”を目にするのは初めてだった。かつてみなもに揺れた山査子色の尾鰭は、纏う鱗のところどころが水晶化している。石化の広がる場所は動かすことにも苦労しているだろうことが分かった。すばしっこくて悪戯好きな彼を絡めとる、そんな石の鱗はしかし、鏡をまとったように乳白色から薄青に輝く。
(嗚呼……キレイだなぁ……)
ひろしは遠のく意識の先で己の声までもが奪われていく心地がする。泣き笑いを向ける探し人がそのまま光の泡に隠されてしまうかと思ったその瞬間、眩い輝きははたと止む。ドサリ、地面伝いに辿った先で、人魚姿の水晶公は尾びれを打たれ呻いていた。
ひろし×人魚ラハの見たいとこだけ6
黒風海の荒れた波の音が途端に大きく聞こえる。重い体をものともせず、ひろしはざぶざぶと浅瀬へ戻っていった。
(嘘だろ、ここまできて、これで消えるなんてことないよな______ッッ!)
視界に赤は無い。ひろしが躊躇なく水面に潜り込もうとしたその瞬間、そのひろしの顔の前をモーグリ一体分の間に水壁ができた。
「はあっ、はあ、……っ、はー、大丈夫かウリエンジェ!」
クジラが呼吸をするかのように海面を波立たせたのは、ウリエンジェを救出した水晶公だったのだ。
「もうしわけ……ありません……げほっ」
「あぁ、サンクレッド。すまないが彼を頼む。…………ひろし? その、どうかしただろうか……えっ?!」
ひろしは水晶公を搔き抱いた。腰まで浸す海も気にせず、力いっぱい抱きしめるとバランスを崩してそのまま2人して海の中へ沈み込む。砂に背を向けたひろしの視線の先には、落ちることなく揺れる赤髪。その先では太陽の光が波間に差して、水晶公の輪郭までもをきらきらと輝かせていた。
「っあなたは! いたずらしている場合か! あなたではここは苦しいだろう?はやく__」
焦る水晶公の頬に両手を伸ばして、そのまま口づけた。
ひろし×人魚ラハの見たいとこだけ7
「っ、、!!」
「俺さ、東方で加護を受けたから、水中でも生きていけるんだ」
「……!! ぁ、ぅ、……その、それだからと言って、きすをしていいとは……っ、こら!んんぅ」
あの頃から変わらず感情表現の豊かな尾鰭が見えて、ひろしは何度も水晶公の唇を食む。初めはぎゅうと目を閉じていた水晶公も、次第に眉間の皺を和らげて口の先の甘露を求めた。
「冒険譚のラストにゃおあつらえ向きだろ。キスをして魔法がかかりましたって」
「……そ、それを言うなら魔法が解けるだろ……っ、ぅん」
力を抜き、足と尾を絡めていたはずが次第に足と足へ変化していく。それは水晶公が言うように魔法が解けたのではなく、ひろしから送られるエーテルによって人の姿に変化する魔法が編まれ出したからだ。しかし騎士の鎧に白い柔肌が添えられてゆく様は、確かにおあつらえ向きな終幕の一場であった。(完?)
ひろし×人魚ラハの見たいとこだけ5
☆☆
「おはよう、グ・ラハ・ティア」
「ああ、……おはよう!!」
かくして世界は救われた。最後の力を振り絞った水晶公には、もはや自分を人型にとどめておく魔力も残ってはいない。レビテトをかける余力があるはずもなく、所在なさげに地面に座っていた。
ひろしは心底から嬉しそうに笑っている水晶公の、その頬から肩へ、腰から折り返す背鰭へ、さらにその先へとまろい輪郭をなぞっていく。あまりの耽美さにこの場に似つかない衝動まで湧き上がりそうで訳もなく頭をかいた。
「まーその、なんだ……帰ったら、説教な」
「えっ…………ぅわあ!」
ひろしは水晶公の了承も得ずにその身体を抱き上げると、今度こそ離さないとばかりに強く抱きしめるのだった。
☆
「まさか……最後に泳いで帰ることになるとは……」
「大変です! ウリエンジェがいません!」
アーモロートからコルシア島の岸辺へと泳ぎついた一同は満身創痍だった。サンクレッドは呆れていたが、ひろしは辺りを見回して慌てて叫んだ。
「ラハもいない! どこだ!ラハ!!」