SNSの拡散という機能や炎上の特性について分析した論文を読んでいて、デス・ストランディングの「つながり」というのはSNS的なものとは少し異なるなと感じた。プレイしているときは他のユーザーの気配を感じるつくりになっているのだけれど、あくまでも物語のなかではプレイヤーは一人であるし、サム自身(主人公)も幅広く誰かとつながる、という作りではない。個と個のつながりを強く感じる。
RTするのみでなく何かしら発言することを「共振」と呼ぶのであれば、ミッドサマーのほうが現実のSNSの姿のようだなと感じた(予告だけでてきとうなこといってますよ。やっぱりちゃんと見ないとかなー。つぶりつぶりなら見られるかしら……)
社会における現象が置き換えられて物語になるのはおもしろいよな。
Web3.0について調べていたけれど、社会のあらゆる概念が変わってきてしまう。
一例だけど、ちょっとした手助けなどにさえポイント(≒通貨)がつく時代になるのかと思うと、労働の概念もかわってくるというか…すでに自分の情報を通貨の代わりとして差し出し、サービスを利用している部分もあるのだけれど。。。
あと信用が大きな価値を持つ社会というのは、一度の失敗によって詰みやすくなってしまったりしないんだろうか。失敗だけじゃなくて、たとえば生まれでポイントが加算されたりマイナスされたりしない? そのあたりはどういう議論がされているんだろう。
https://medium.com/@matteozago/why-the-web-3-0-matters-and-you-should-know-about-it-a5851d63c949
どうしたら遠くへ行けるか、それだけをかんがえて