SNSの拡散という機能や炎上の特性について分析した論文を読んでいて、デス・ストランディングの「つながり」というのはSNS的なものとは少し異なるなと感じた。プレイしているときは他のユーザーの気配を感じるつくりになっているのだけれど、あくまでも物語のなかではプレイヤーは一人であるし、サム自身(主人公)も幅広く誰かとつながる、という作りではない。個と個のつながりを強く感じる。
RTするのみでなく何かしら発言することを「共振」と呼ぶのであれば、ミッドサマーのほうが現実のSNSの姿のようだなと感じた(予告だけでてきとうなこといってますよ。やっぱりちゃんと見ないとかなー。つぶりつぶりなら見られるかしら……)
社会における現象が置き換えられて物語になるのはおもしろいよな。