崖に建つ王宮と、その地下に築かれた図書館。

レイン十二邦の王立図書館に勤める書記レイドリーは、同僚のネペンテスが謎の書物を構成する〈茨文字〉の翻訳に異常なほど熱中する様子を眺め、愚痴のように零した。
それを受けて空の学院の生徒、ボーンが答える。

"「亡霊に心を奪われてる。誰だってあくびが出てくるような歴史の断片にだぞ。あれを読んでいるとき、ほかのものが話しかけて、こっちには見えもしなければ聞こえもしないものを伝えてるんだ」
(中略)
「それが魔法の始まりなんだ。想像力を自由に働かせて、あとを追ってみる」"
(マキリップ〈茨文字の魔法〉(2009) 原島文世訳 p.178 創元推理文庫)

……終盤の激情・苦痛・渇望など感情全般の描き方が美しく、その点で同著者の《妖女サイベルの呼び声》に並ぶ作品だと思った。
面白かったし、私の好み。

一番良かった部分に言及しようと思うとすべてがネタバレになってしまうのが惜しくてしょうがない。
ただ、古代の世界でそのようにしか生きられなかったある人物が、これまでには考えられなかった選択をする部分……全てを自分以外に捧げてきた者が初めて己のために願ったことが何か、感慨深かったとだけ。

chinorandom.com/entry/2023/12/

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あとは以下のやり取りにもニヤリとした。
書物に、物語に、一度でも夢中になった経験があるなら思わず微笑んでしまう言葉ではないだろうか。

"(レイドリーがネペンテスに)信じがたいという口調で言う。「そんなに夢中になっているっていうのかい? 何千年も前に塵に還った相手なのに」
「好きになる対象は選べないもの」"
(マキリップ〈茨文字の魔法〉(2009) 原島文世訳 p.82-83 創元推理文庫)

そう、好きで、読むことによって会いたくて、だから書を手に取って開く。

ページから眼で文字をひとつひとつ拾って飲みこみ、噛み砕き、頭の中である一幅の画を織り上げているあいだ……実際の身体の周囲にある音も、色も、暑さも寒さすらも消え失せる瞬間が確かに訪れる。
私の場合は電車も乗り過ごす。
それを称して「本には魔力が宿る」と比喩されるのだが、今回ネペンテスが捕らえられた魔力というのは、単なる比喩とは種類を異にする特定の魔法だった。

書記組以外のキャラクターにも魅力が多く、若き気弱そうな女王テッサラと、その側近の魔術師ヴィヴェイの描写なんかも良かったな。

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