小川洋子の短編集
「薬指の標本」と「海」を読んでいた。
2冊のどちらもいくつかの話に(「薬指の標本」表題作では特に印象に残る存在として)『サイダー』『ソーダ』など炭酸水が登場し、これがなんともいえず、作者の書くものの色に合っているのではないかと私は思わずにいられなかった。
炭酸飲料は性質からして官能的な気がする。
こう表現すると、いたずらに性的な感覚を強調しているかのように響いてしまい煩わしいけれど、複数ある辞書上の意味での「感覚器官の働き」の方を想定している……と思ってほしい。
サイダー類の液体がたとえば、あの大小の泡で上唇や口内、舌の先や表面、歯茎、喉をぷつぷつ刺激する感覚や、栓を開けた瞬間の独特の香り、さらにしばらく時間が経って半ば気が抜けた後のごく淡い風味も、甘さも味のなさも、すべてが身体的な神経に作用する。
「海」に収録されたインタビューでは『官能は私の最も苦手とする分野なので』と著者自身が言及していたのを、実に興味深く咀嚼していた。
読み手や作中の語り手が逃げる余地をさりげなく奪い、じわじわと確実に感覚器官に訴えてくるような部分がある、という意味で、この人の作品のいくつかが官能の極致だなーと思う時が私にはあるので。
触発されて、サイダーを飲んだ。