#夏目漱石 の随筆
「硝子戸の中」に収録の(二)より
私が好きな漱石は大正4年、ニコニコ倶楽部という雑誌社からの取材を受けていた。
……とはいっても写真を1枚提供した程度のことだが、それがなんというべきか、結果的に「疑惑の1枚」となったわけで。
このニコニコ倶楽部は「ニコニコ主義」なるものを提唱していた雑誌社らしく、発行していた月刊雑誌の名前も、案の定『ニコニコ』という。カタカナ4文字だけを延々と眺めているとだんだん頭がイカれてくる。
漱石は実際、過去にその雑誌『ニコニコ』を手に取ったことはあったが、「わざとらしい笑顔の不快な印象が胸に刻まれていた」……と随筆では語っていた。
けっこう辛辣である。
気が進まないなら取材なんて断ってしまえばいいじゃん、と読者の私は思うわけなのだけれど、ここでNOを突き付けられないのも彼らしいといえばそう。
発刊された雑誌の現物を見ると、真顔で写っていたはずの漱石の写真には少し手が加えられ、ビミョーな笑顔の写真に変化させられていた。
いわゆる「写真補筆」というのだろうか。
現代でいう「フォトショ(photoshop)」的な加筆修正を手で行うことは、明治・大正期から普通に行われており、見合い写真でも一部の新聞記事でも見られる行為だった。