「ごめんなさい。群れの決まりで、もう鋼とは会えないんだ」
ぽとりと地面に落ちた雫は、鋼が今まで見たすべてのものの中でも一番美しいものだった。
銀緑色の毛並みが珍しい狼の鋼は、壮麗なる姿で草原を疾駆する。鋼の瞳には、生命力あふれる緑が宿り、その光景はまるで一夜限りの奇跡のように映る。
しかし、その鋼も、心に暗闇を抱えていた。なぜなら、彼が愛してやまない相手である仔鹿の辰也との愛が、果たされることなく終わりかけているからだ。
辰也のことを思うと、鋼は寝ぐらの中で無意識に前足を伸ばし、彼との出会いを思い返す。いつも辰也を優しく見つめていた彼は、彼に向けた思いがどんどん大きくなっていくのを感じていた。
しかし、この愛は現実の世界で叶うことはなく、生涯、彼と接する機会がなくなってしまった。仕方がないのだ。草食動物は群れの掟が絶対である。泣くこともできず、彼は深い胸のうちに悲しみを秘めるだけだった。
そんな鋼の元に、ある日、辰也から手紙が届いた。そこには、「ぼくも鋼のことをずっと大切に思っている。いつまでも大好きだよ」という彼の心の内が書かれていた。
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