善き人見ました。ふせった〜のやつ
「普通の人の加担」の理屈、そうだよな〜と思った。水晶の夜の炎を前にして、ユダヤ人の親友に「ユダヤ人にも責任はある」みたいなめちゃくちゃな話をしてるところ、行き着く先という感じだった
ナチの理論を下支えすることになり、虐殺の実行に加わったことに、きっかけとか、「あのとき踏み外さなければ」とかがあんまり明確にないし、性格が悪いとか頭が悪いとかではない。経済と文化の両方から「安楽死」への、ユダヤ人差別への肯定がなされ、「豪華な屋敷」やパーティでエリートの仲間入りという優越感を得てコミットしていくという施策。
でも、ジョンのさまざまな局面での"かすかな"葛藤に、「状況が悪かった」だけではない、倫理的な責任がそこにあるんじゃないか?と思わされる。
モーリスに対して「そこまで親身になれない」とあたまのなかで本音を言うあの場面!
善き人見ました。ふせった〜のやつ3
そしてアウシュヴィッツに行き着いた彼の前には、感情が読めない兵士と「現実の」バンドが現れる。現実のバンドは、囚人で構成されている。他者がようやく現れる。
親衛隊の制服が似合っていなくてよかった、という感想も見たけど、似合うかどうかはあんまり思わなかった。グロテスクだとは思った。
あの「私たちはいい人だよね」の場面で、これからユダヤ人を殺しに行く場面で、制服は彼を覆い隠す記号として働くが、彼個人は善き人のつもりでいる…。