若い愛人が葉書を寄越したのは、じめじめとした雨が鬱陶しく降る梅雨のある日のことだった。
紙の左肩で実に事務的にヤマユリが咲いている、両面に書かれた文字以上の心などひとつもこめられていなことがわかる一枚だ。
右肩あがりで線のまっすぐな、硬質なかれの性情をそのままうつしたかのうような文字が整然と並んでいる。
「近々時間を作って欲しい。こちらの用は五分ばかりで始末のつくことだから、どうにか都合をつけてほしい」
湿り気を帯びたせいかいくらかやわらかく感じられるその紙を、則宗は少し考えてから手帳に挟んだ。
時間を作るつもりはなかった。
愛人の用はわかっている。
則宗はこれまでにも何度かかれから同じ話を持ち出されていた。その度にどうにかなだめ、答えを先送りにしてきたのだ。
かれの望みを叶えてやってもいいのかも知れないとも思う。しかし、そう思ってあの小さな家を訪れても、あの顔を見るとたちまち決心が萎えてしまう。
則宗は、あの愛人を手放す覚悟ができそうもない自分を嗤った。
真珠なんて生まれてはじめてで驚いてばかりの清光に、則宗は少し照れながら、とても優しく耳飾りをつけてくれた。清光はその時、自分の中にある則宗へのまだ淡い、けれど確かに甘い感情に気づいたのだった。
「はぁ……ほんと何なんだろ、あれって」
その声が大きく反響した。
つぶやいただけの自分の声が珊瑚の影から繰り返し響く。
清光は驚いて身を起こしあたりを見まわした。海の中であんな風に声が響くのは、岩に穿たれた穴の中くらいだ。珊瑚の枝と海草が揺れるだけのこんな場所でなぜ、と眉根を寄せる。
「珍しいな、人魚じゃないか」
声は砂の下から聞こえた。ぎょっとして飛びすさった清光の目の前で、白い砂が蠢いてその下からゆっくりと人の上半身が姿をあらわした。どう見ても人間だ——が、海の底にいるからにはこの抹茶のような色をした髪を眸を持つ男もまた、人ならざる存在なのだろう。
現に、するすると伸び上がったその男の臍から下は、白地と橙の縞柄に並ぶ鱗に覆われている。
敵意はなさそうだがなんだか得体が知れない。
則宗は清光にオークションで競り落とされた。
なんかみんなお面みたいなやつをつけた、天井から落ちたら一巻の終わりみたいなシャンデリアがぶら下がってる会場で、清光くんは颯爽と則宗に一番高い値段をつけた。
「ペイ◯イで」
そう言って朗らかな電子音を響かせた清光の姿は今も則宗の心に刻み込まれている。
以来ずっと、則宗は清光と一緒に過ごしている。オークションで競り落としたからと言って清光は則宗を特別扱いはしなかった。ごく普通の恋人として家族として、かれは則宗を大切にしてくれたし、則宗もまた清光を深く愛した。
オークションから十年経った今も、ふたりは手を繋いで出かける。
買い物で使うのはもちろん、あの日清光が支払いをした電子決済だ。
携帯端末をレジにかざしながら、清光は則宗に微笑みかける。
「ぺ◯ペイで」
こうですか?
ちょっとややこしい案件になると途端に手戻りが爆増するんだよな〜
こないだ旧部下に「十回近いリテイク出しましたよ」って話したら「??????」みたいな顔をされ、「指摘したミスが一度で全部直らないってことですか?」って聞かれたので、「一箇所指摘すると連動して修正すべき箇所が出るけど連動箇所は放置なんで…」て返事したところ、ますます「???」な顔で「修正後通しで点検してないってことですか?」て言われた
修正前も点検してないよあの人……
審神者証本人の顔写真じゃないのオモロなんだけど、近侍を変えると画像が変わるってことはあれは写真をはっつけてるのではなく本丸の状況を反映させてるってことで、他の人が手に取ってもあの写真枠は空欄になったりするんだろうか
一般人がたまたま落とし物を拾って手に取ったら審神者証で、普通なら空欄になるはずの写真部分に恐ろしい化け物が映し出されてたりするみたいな怪談ありそう
真珠なんて生まれてはじめてで驚いてばかりの清光に、則宗は少し照れながら、とても優しく耳飾りをつけてくれた。清光はその時、自分の中にある則宗へのまだ淡い、けれど確かに甘い感情に気づいたのだった。
「はぁ……ほんと何なんだろ、あれって」
その声が大きく反響した。
つぶやいただけの自分の声が珊瑚の影から繰り返し響く。
清光は驚いて身を起こしあたりを見まわした。海の中であんな風に声が響くのは、岩に穿たれた穴の中くらいだ。珊瑚の枝と海草が揺れるだけのこんな場所でなぜ、と眉根を寄せる。
「珍しいな、人魚じゃないか」
声は砂の下から聞こえた。ぎょっとして飛びすさった清光の目の前で、白い砂が蠢いてその下からゆっくりと人の上半身が姿をあらわした。どう見ても人間だ——が、海の底にいるからにはこの抹茶のような色をした髪を眸を持つ男もまた、人ならざる存在なのだろう。
現に、するすると伸び上がったその男の臍から下は、白地と橙の縞柄に並ぶ鱗に覆われている。
敵意はなさそうだがなんだか得体が知れない。
新しい則宗の持ち主となった人間は、美しい青年だった。
まだ少年と呼べそうな幼さが頬に残る、そのくせこの世の全てに倦み切った老人のような目をしたかれが則宗と過ごす時間は決して長くなかった。何しろかれはほとんど家にいないのだ。
だから則宗は、清光がバスルームへやって来ると飽かずかれを眺め、そして歌を聞かせた。則宗の歌を聞くと、青白い頬にほのかな赤みが差すのだ。長いまつ毛が静かに下り、蛍光灯の白々しい灯りが目元へ深く暗い陰を落とす。
連れて行こうと決めたのがいつだったのか、則宗はもう覚えていない。気づけばそれは決定事項として則宗の胸にあった。
連れて行こう。あの暖かく穏やかな海へ。
この尾鰭を打ち振り、かれを苦しめる全てを振り切って。
則宗はその時を思ってうっとりと目を閉じた。
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