思いもよらない問いかけに清光の足は止まった。
それは、たぶん則宗が考えているよりずっとずっと清光の中に踏み込む質問だ。
答えなくてもいい。正直に言わなくてもいいと思いながら、それでも「この人には知ってもらいたい」という思いに背を押されて清光は則宗を見た。則宗も、立ち止まって清光を見つめていた。
「……一人暮らしでさ。仕事だけして家に帰ってご飯食べて寝てってやってると、誰ともプライベートな話をしないままの日があるなって、急に気づいちゃって」
夕刻の風がストールの端を揺らす。清光はそれを視界の端にとらえながら笑ってみた。当時の苦しさが胸の中によみがえっていたせいで、うまく笑えているかはわからない。
「俺はここにいて、ここで生きてて、俺の人生にはほんとは楽しいことも嬉しいこともちゃんとあるんだって思いたかったんだ」
眠る前に、必死で探した。今日だって何かあったはずだ。何か心を揺らすこと。何か心をあたたかくしてくれること。
小さなそれを夢中で拾い集めてカメラの前で広げて見せた。祈りのような行為だったと思う。
「それがきっかけ。はじめてみたら楽しくなっちゃって、もう今じゃあれが趣味みたいになってるけど」
店の外で、則宗は困ったような顔をしながらも清光が鞄からストールを引っ張り出して首に巻くのを待ってくれた。
ここから一番近いのは地下鉄の駅だが、足を伸ばせば複数の路線が乗り入れるJRの駅もある。どちらへ行くのだろうかと清光は考えながら則宗を見やった。
「則宗さんはどっち?俺はJRなんだけど」
「僕は歩きだ」
予想外の返答だった。それだと駅まで一緒にという口実には何の意味もなかったことになる。失望の色を見てとったのか、則宗はすぐにとりなすように笑った。
「天気もいいから駅まで送りがてら歩こう」
「うん!」
思い切りはずんだ声が出てしまい、清光は内心焦った。
これじゃ気持ちがバレバレじゃないだろうか。
だが、則宗はただ笑って頷いてくれた。
「歩きってことは、則宗さんちってこの近くなの?」
「ああ」
すごいな、と清光は思った。超高級住宅街!とかではないが、このあたりの家賃相場はかなり高いはずだ。
清光が住んでいるところだって若者に人気の街だが、ここはちょっとランクが違う。
何をしてる人なんだろうな。でも詮索してるって思われるのもやだしな。
黙ったまま歩く清光に、則宗が何気ない調子で言った。
「あのおやすみ動画は、どうして始めたんだい」
今日はねえ、「取引先が来るので同席してもらえますか」って部下に言われたの!
・何をしにくるのかわからない
・どの案件の話かもわからない
って言うからさすがにちょっと困って、「先方がわざわざ来るってことは何か頼みたいことか聞きたいことがあるはずだからそれを聞いてね、質問があるならそれに対する答えの準備もしないといけないから。あとどの案件についてなのかも聞いてね」って言ったら一応聞き出してくれたんだけど、どうも二つ以上指示を出すとひとつすっぽ抜けるらしく、結局どの案件についてなのかはわからないままだった
該当案件が手持ちの中にあるのかだけ調べておいてって言ったけど結局それも「まだ調べてません」だったしな…
あとやっぱ困るのが、仕事やってるとなんとなく身についてくるはずの「感覚としてこれはまずい気がする」「ダメではないけど避けた方がいいんじゃないか」みたいなカンが全然ない
金の絡む仕事してるとある種の潔癖さみたいな危機感が身につくものだと思ってるんだけど、それがないんだよな…
コットンクラブ何食べよう(元気な掌クルーッ)
今まで一緒に働いた人の中で一番残業してた人は月200時間(休日出勤含む)ザラみたいな感じで上司や人事の覚えがめでたかったんだけど、そばで見てると本当に不思議な仕事のやり方をしてたなあ
たとえば特定の条件を満たす人に書類を出してもらうというとき、私だったらメールなり回覧なりで「いついつまでにこういう書類を提出してください」ってお知らせを回すんだけど
その人は違う、まずその人は一人一人にお手紙を出す
「今度、こういう類を出してもらうことになります。必要書類一覧はあとで送付します」
なんのために…!?って衝撃を受けて聞いたら、「いきなり『こういう書類を出して』って依頼するとびっくりしたり怒ったりする人がいるから」らしいんだけど、それは怒る方がおかしいのでは…!?そしてそんなレアケースに先手を打つためだけにこんなに仕事増やすのは合理性からかけ離れてるのでは!?
私だけがモヤモヤしてんのかなと思いながら逃げるように異動したんだけど、後になって当時同じ部署にいた人たちから「私たちはみんな、あそこのグループのガンは残業200時間さんだってずっと管理職に訴えてたんだけど、何しろ残業多い人を評価する人たちだから全然伝わらなくて何も変わらないままだった、申し訳ない」って言われた
私が異動した後残業200時間さんもいなくなり、彼女の後を引き継いだ人が「なんでこんなアホみたいな書式で仕事やらせてたの!?アトさんかわいそすぎる…」って言ってたという話を聞いてちょっと浮かばれた
ちなみに残業200時間さんがいなくなった理由
私の後任者とソリが合わなかったらしい
「新しい部下が私の命令に従わない」という言葉を残して仕事を休み始め、最終的に退職したそう
他にも、他の部署の決定に従ってうちの部署が器材を各人に配布するというお仕事が定期的にあったんだけど、配布対象になった人に「あなたはこういう条件を満たしたので今回こういう器材が配布されます」っていう手紙を、これまた個人に(ちゃんと手紙本文の宛名を全部変える)送る
ちなみに決定してるのは他部署、決定についての説明責任も当然ながらうちにはないし勝手に説明するっていうのは権限のないことをやってることになるんだけど、その人はまじめによかれど思ってやっていた
当たり前なんだけどその人がそうやって本来ならしなくていいことを山ほどやってたおかげでグループ全体でやるべき仕事は圧迫されていく(お手紙折るとか封筒に詰めるとかを手伝わされるし、その人の本当の仕事が遅れたりするから)
もう一つ、その人はいろんなフォーマットを自分で作り変えて独自の君式を編み出すのがすごく好きだった
なんも知らなかった私はそのクッソわかりにくい書式で毎回仕事をしてた
当然わかりにくいから
点検にも作成にもめちゃくちゃ時間がかかって自分はなんてアホなんだろうと思ってた(作り変える余裕がないくらい仕事が逼迫してた)
ゆっくり行こう、と清光は決めた。
焦って関係を進めようとすると、きっと自分の気持ちまで置いてはぼりにされてしまう。
清光は自分の中に生まれたこの淡い恋心を大切にしたかった。
たとえ結果が、今ぼんやりと望んでいるのとは違うものになったとしても後悔せずにすむように。
呼び止められた則宗は、あからさまに迷惑がるようなことはなかったが態度には戸惑いがありありとあらわれていた。
たまたま出先で会っただけの顔見知りに呼び止められて困感しているように見えた則宗を、それでも強いて引き留めたのはそこが清光の好きな店だったからだ。
則宗とはじめて顔を合わせたときもそうだった。
かれは、清光が SNSに写真を投稿した店にいた。そしてそこで清光を見つけてくれた。
程度はどうであれ清光への好意に似た何かが、店を選ぶかれの背を押しているはずだと思った。
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