「まあこれからよろしく頼む……と言いたいところだが、今は時期が悪い。早いところ則宗のところへ帰った方がいい」
妙な言い草に清光は眉をひそめた。
「今って何かあるの?」
もしや則宗のあのおかしな態度もその時期とやらが悪いせいなのだろうか。
身を乗り出した清光に、抹茶色の人魚はするすると肩まで砂の中に身を沈めながら頷いた。
「盛り時だ」
「さか……?」
耳慣れない言葉を思わず聞き返す。
「人魚はこの時期に盛りがつく」
繰り返されてようやくその表現が何を意味するのかはわかった。今、人魚は発情期なのだ。
「あんたもそうなの?」
だから早く帰れと言われたのかと納得しかけた清光に、しかし相手は肩をすくめて見せた。
「俺は違う。年を取っているからな、もう盛りはつかない」
「じゃあ別に大丈夫なんじゃないの?」
「俺とお前が平気でも則宗はそうじゃない」
「——」
清光は言葉を失った。
このところの則宗のあの態度は、もしかして自分に対して発情しているせいなのではないかと思い至ったのである。
清光は警戒を隠さず静かに身を引いて距離を取った。
「あんたも人魚に見えるけど」
「人魚が人魚を珍しがったっていいだろう」
理屈である。実際人魚は珍しい生き物だ。現に清光も則宗以外の人魚を知らない。清光はおとなしく頷き、尾鰭をほんの少し揺らした。
「そーね、俺もよその人魚に会ったのってこれがはじめてだし」
相手は頷いてからまたするすると砂の中へ潜り込んでいき、胸あたりまで埋まって砂の上に肘をついた。
「それにしても、こんな季節にねぐらから離れた場所にひとりでいるなんて穏やかじゃないな。則宗と喧嘩でもしたのか」
何気ない調子で告げられた言葉に清光は水の中で飛び上がった。
「則宗のこと知ってるの⁉︎」
驚く清光に、抹茶色の人魚は片方だけあらわになっている瞳をしばたたかせた。
「知っている。お隣さんだからな」
ここってお隣なんだ、と清光は思った。遠くまで泳いで来たつもりだったのに、まだ則宗の行動範囲のほんのわずか外でしかないらしい。人魚の世界にも慣れてきたつもりだったが、かれらの生活のスケールにはまだまだ馴染めていないようだ。
則宗が清光をはじめて抱いたのは、かれを引き取ってから五年ほども経ってからだった。
まるきりそんなつもりがなかったとは、則宗も言うつもりはない。気まぐれで子供を引き取ったのだと言っても「これは手塩にかければ自分好みに育つ」という予感がなければそんな酔狂はしないのだ。それでもその夜の出来事は、則宗にとっては思いの外のことだった。
清光は思い詰めたような顔をして自室へ引き上げようとした則宗を引き留めた。
「今日の謡は上出来だったんでしょ」
とかれは掠れた声で囁いた。
「だったら、ご褒美をちょうだい」
うつむいたうなじまで染めた清光の意図がわからぬはずはなかった。則宗は鷹揚に笑い、そして清光の望みを聞き入れるという体でかれを抱いた。
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えーきゃわいい やっぱりほしい...もしロットで予約できそうなら誰かシェアしない?
若い愛人が葉書を寄越したのは、じめじめとした雨が鬱陶しく降る梅雨のある日のことだった。
紙の左肩で実に事務的にヤマユリが咲いている、両面に書かれた文字以上の心などひとつもこめられていなことがわかる一枚だ。
右肩あがりで線のまっすぐな、硬質なかれの性情をそのままうつしたかのうような文字が整然と並んでいる。
「近々時間を作って欲しい。こちらの用は五分ばかりで始末のつくことだから、どうにか都合をつけてほしい」
湿り気を帯びたせいかいくらかやわらかく感じられるその紙を、則宗は少し考えてから手帳に挟んだ。
時間を作るつもりはなかった。
愛人の用はわかっている。
則宗はこれまでにも何度かかれから同じ話を持ち出されていた。その度にどうにかなだめ、答えを先送りにしてきたのだ。
かれの望みを叶えてやってもいいのかも知れないとも思う。しかし、そう思ってあの小さな家を訪れても、あの顔を見るとたちまち決心が萎えてしまう。
則宗は、あの愛人を手放す覚悟ができそうもない自分を嗤った。
真珠なんて生まれてはじめてで驚いてばかりの清光に、則宗は少し照れながら、とても優しく耳飾りをつけてくれた。清光はその時、自分の中にある則宗へのまだ淡い、けれど確かに甘い感情に気づいたのだった。
「はぁ……ほんと何なんだろ、あれって」
その声が大きく反響した。
つぶやいただけの自分の声が珊瑚の影から繰り返し響く。
清光は驚いて身を起こしあたりを見まわした。海の中であんな風に声が響くのは、岩に穿たれた穴の中くらいだ。珊瑚の枝と海草が揺れるだけのこんな場所でなぜ、と眉根を寄せる。
「珍しいな、人魚じゃないか」
声は砂の下から聞こえた。ぎょっとして飛びすさった清光の目の前で、白い砂が蠢いてその下からゆっくりと人の上半身が姿をあらわした。どう見ても人間だ——が、海の底にいるからにはこの抹茶のような色をした髪を眸を持つ男もまた、人ならざる存在なのだろう。
現に、するすると伸び上がったその男の臍から下は、白地と橙の縞柄に並ぶ鱗に覆われている。
敵意はなさそうだがなんだか得体が知れない。
則宗は清光にオークションで競り落とされた。
なんかみんなお面みたいなやつをつけた、天井から落ちたら一巻の終わりみたいなシャンデリアがぶら下がってる会場で、清光くんは颯爽と則宗に一番高い値段をつけた。
「ペイ◯イで」
そう言って朗らかな電子音を響かせた清光の姿は今も則宗の心に刻み込まれている。
以来ずっと、則宗は清光と一緒に過ごしている。オークションで競り落としたからと言って清光は則宗を特別扱いはしなかった。ごく普通の恋人として家族として、かれは則宗を大切にしてくれたし、則宗もまた清光を深く愛した。
オークションから十年経った今も、ふたりは手を繋いで出かける。
買い物で使うのはもちろん、あの日清光が支払いをした電子決済だ。
携帯端末をレジにかざしながら、清光は則宗に微笑みかける。
「ぺ◯ペイで」
こうですか?
ちょっとややこしい案件になると途端に手戻りが爆増するんだよな〜
こないだ旧部下に「十回近いリテイク出しましたよ」って話したら「??????」みたいな顔をされ、「指摘したミスが一度で全部直らないってことですか?」って聞かれたので、「一箇所指摘すると連動して修正すべき箇所が出るけど連動箇所は放置なんで…」て返事したところ、ますます「???」な顔で「修正後通しで点検してないってことですか?」て言われた
修正前も点検してないよあの人……
BL GL大好き。ReSoner。
現在作品はxfolioに再録作業中です。
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