『異人たち』もう少し考えたかったけれどまとまらなかったので今の時点での感想です 

母親がアダムがゲイであることを聞いて徐々に表情が強張り、ある瞬間に拒絶したことが分かるあの瞬間が苦しくて、見ててつらかった。最期までには理解を示そうとしていたけど、多分心の底からは変化は出来なかったのだと個人的には感じてる。それくらい彼女が生きてた時代の偏見は今より深刻だったろうしそれを覆すことは難しいのだと思えた。でも、それでも、アダムの幸せを願う気持ちもあるから。だから最後にはあのように話せたのかなと思った。意思が勝ったというより共にある感じ。「お前はどうしたい?」て父親の言葉のとおり、意志の話でもあるから。
父親の物分りが良さそうにしていて実はそうでもない(と自分は感じた)ところもリアルだった。父親が、「同級生ならいじめてた」と話す位なのだから偏見を無くすことの難しさを感じる。あとこういうことさらっと(言う本人はさらっとは言ってなかったろうけれど)言えること、それを言われたアダムのそうだろうという納得や諦めや悲しさを思うとつらかった。でも自分の過去の行動を謝れて、いいよと言ってもらえた父親はよかったね…というよかったと個人的に少し冷静に見ている自分もいる(父という物語に存在する人にすごくしんどくなる人間なので)。

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『異人たち』続き。ハリーとアダムのこと 

ハリーの家族と自分を語る場面、落ち着いてて慣れたもののように話してたけど全然そうではなかったのだよね。見てるこちらはその時の気持ちを想像して泣いたけれど、私が想像する以上の悲しみだったことを思う。孤独で愛されたくてアダムの部屋を訪れたけれど、彼があまりに不安定で孤独であるから寄り添ってくれた優しさを思って切なくて泣いてる。でも最後にアダムはハリーの孤独に寄り添って、お互いに必要な優しさを相手にしてくれてて、上手く言えないのだけど二人はお互いに平等なのだなと感じた。
何であんな突然の出会いで、前から唯一の住人だから気になってたのかな、とは言えあんなに好き好きな態度なんだと最初不思議だったけど、彼の願望故もあったのかな。だからこそしんどくて、どうしてなんだて気持ちも捨てきれない。人は孤独と後悔を抱えながら生きていくしかないのだろうなという納得。それでも一緒にいたい、その人を大事にしたいという意思の話なのかなと思いました。
ハリー、アダムの部屋に訪れて断られた後だったらどうしよう、となり苦しくて、ただなんか『異人たちとの夏』観た後だと確信が持てて泣いてる。後悔と孤独のお話。ああしていれば、こうしていればと思う日々。「足りることなんてない」と分かりながら。それでも辛いよ

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