『からげる指先』
ほつれて暴れる自分の影と取っ組み合いになっていたところ、三揃いの紳士がその襟首を掴んで捕まえてくれた。
「このままではお困りでしょう」
紳士は仕立て屋であった。鞄から道具箱を取り出すと、糸巻きから引いた美しい糸を優雅に指に巻き付けた。
「昨晩の夢を三回し。明朝の展望を十と一回し。いつかの悔恨はほんの少し」
色彩踊る糸の環に後押しされた針は、たやすく影の端を掬う。瞬く間に影は私の元に縫い留められた。
見事な手際を讃えれば、紳士は控えめに微笑んだ。手元の指貫から糸がほぐれ落ち、光る塵となって消えて行く。
私は深々と頭を下げて、立ち去る紳士を見送った。大人しくなった影もまた、そうした。