日本のメディアでは、Walz氏を「ワルツ氏」と表記することにしてしまったようです。

民主党副大統領候補のワルツ氏とは? 選ばれたカギは接戦州にあり
https://www.asahi.com/articles/ASS8725FKS87UHBI012M.htmlhttps://www.asahi.com/articles/ASS8725FKS87UHBI012M.html

しかし、この表記の選択は適切でないと思います。何故なら、この苗字の発音は /wɔːlz/ だからです。つまり、walls と同じ発音です。カナにするなら「ウォールズ」または「ウォルズ」が適切です。

論より証拠、次のNPRニュース(The Morning Edition)の音声を聞いてみてください。キャスターはもちろん、電話出演した Amy Klobuchar上院議員(ミネソタ州選出、民主党)も Walz = walls で発音しています。

Senator Amy Klobuchar on Vice President Harris picking Gov. Tim Walz as her running mate

https://www.npr.org/2024/08/06/nx-s1-5065600/senator-amy-klobuchar-on-vice-president-harris-picking-gov-tim-walz-as-her-running-mate

「ワルツ」表記は、z をドイツ語読みして /ts/ と考えてしまった結果でしょう。結果的に、音楽の waltz と同じだと見なしたのでしょうね。ただ、waltz だったとしても、発音は /wɔːlts/ であり、それを転写するなら「ウォールツ」ないし「ウォルツ」にしなければならないはずなのですけどね。

Walz をどう読むかは、実はアメリカのメディアでも一時話題になったようです。それが分かるのが、次に引用する、ワシントンポスト紙のPodcastのエピソードです。キャスターがミネソタの記者にこのことを尋ねているところです。AppleのPodcastアプリには自動書き起こしがあり、次に示すのが該当部分(1分37秒〜)です。

“And Aaron, I want to get the official word from you because I’ve been hearing all kinds of people pronouncing this man’s last name in two different ways, Walz or Waltz. And to be clear, according to you, as a native Minnesotan, it is Waltz, correct?

Yes, that’s how I’ve been pronouncing it, as somebody who first covered his congressional campaign when he was first running for office back in 2005.”

提供元: Post Reports: The Campaign Moment: Why Harris picked Walz、2024年8月7日
https://podcasts.apple.com/jp/podcast/post-reports/id1444873564?i=1000664526008
この作品は著作権で保護されている可能性があります。

ただ、これは自動書き起こしのため、ちょっと混乱していますね。キャスターの最後の言葉が it is Waltz, correct? となっていて、ここは確かに [wɔːlts] に聞こえるのですが(僕は聞いていて、え?そっち?と驚きました)、これは恐らく、本人は /wɔlz/ と発音したつもりが、句末の阻害音は無声化しやすい(/z/ —> [s])という傾向と、[ls] の連続は間に [t] が入りやすい傾向(else が elts のように聞こえることがよくありますね)の合わせ技でこうなってしまったのでしょう。

しかし、そのように変化した発音に対して、ミネソタの記者が Yes, that’s how I’ve been pronouncing it と答えてしまっているのは困りますね。相手の言うことをちゃんと聞いて返事して欲しいものです。これじゃ全然 official word による clarification になっていないからです。ただ、Podcastの他の部分では、キャスターも記者も一貫して /wɔːlz/ と言っているので、それが正しい発音であるという点に間違いはありません。

関連して、そもそも不思議なのは、音楽の waltz /wɔːlts/ が何故「ワルツ」になってしまったのか、という点です。ドイツ語でWalzer /ˈvaltsɐ/ なのを中途半端に取り入れてしまったのでしょうか。もちろん、アメリカ西部発音なら waltz は /wɑːlts/ だし、Walz も /wɑːlz/ になるのでしょうが、この発音からの転写で「ワルツ」「ワルズ」とすると、/ɔː/ が [oː] になるイギリス発音との乖離が大きくなるので、アメリカ発音とイギリス発音を両睨みで表記を決めたい日本語への転写では好ましくないでしょう。(waltz をワルツと言ったら、アメリカ人はともかく、イギリス人には通じにくいのではないかと思います。)

いずれにせよ、この人物の名前の転写が「ワルツ」になってしまったのは非常に残念です。こういうのを誰が決めるのかは分かりませんが、最低限、英語メディアで音声を確認してからにして欲しかった。実際の発音を聞いていれば「ワルツ」なんてトンチンカンな表記になりようがありません。

その昔、Ronald Reagan /ˈreɪgən/ 大統領がまだ候補だった時、日本のメディアでは当初「リーガン」と表記されていました。あの時は、それはおかしいと本人側からの申し入れがあり、これを受けて「レーガン」に修正されました。さすがに本人からの申し入れとなると無視できなかったのだろうと推察します。

当時はまだ衛星放送もなく、英語圏のテレビやラジオの音声を日本にいて確認するのは非常に難しかったため、そういう間違いが起こるのはある程度仕方のないことだったと思います。しかし今は、衛星放送のみならず、インターネット経由で英語メディアをいくらでも聞けるようになっているのですから、こんなことは恥ずかしいことだとメディアの人たちには認識してもらわないと困ります。

https://englishphonetics.jp/2024/08/09/tim-walz-%ef%bc%88%e3%82%a2%e3%83%a1%e3%83%aa%e3%82%ab%e5%a4%a7%e7%b5%b1%e9%a0%98%e9%81%b8%e3%81%ae%e6%b0%91%e4%b8%bb%e5%85%9a%e3%81%ae%e5%89%af%e5%a4%a7%e7%b5%b1%e9%a0%98%e5%80%99%e8%a3%9c%ef%bc%89/

#アメリカ発音 #発音 #英語音声学 #日本語への転写 #人名の発音

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