中国を念頭に、岸田文雄首相がそう語ったように、日本の政府・与党は「危機」を訴え、防衛費を倍増させ、「反撃能力」という名の敵基地攻撃能力保有を宣言しました。ただ、「台湾有事」と聞いて、具体的にどんなことが起き、日本にどのような形で波及するのか、想像できるでしょうか。
2026年を想定
そんな台湾有事の「リアル」を垣間見ることができるのが、米有数の保守系シンクタンク「戦略国際問題研究所(CSIS)」が今月9日に発表した、台湾有事シミュレーションです。165ページに及ぶ報告書を読み込み、そのポイントを共有したいと思います。
「有事」はいつ起きるのか。想定は、2026年です。「侵攻は、いつの時代も同じように始まる」。中国による戦闘行動が始まってから最初の数時間で、台湾軍の航空機と艦艇が、中国の砲撃によってほぼ壊滅状態に。中国海軍の艦艇が台湾の周囲を取り囲み、島への航空機や船舶の侵入を阻止。何万もの中国軍兵士が、水陸両用艦などで台湾海峡を渡り、同時に空挺(くうてい)部隊が上陸拠点の後方に降下し、台湾への着上陸作戦を展開する。これに対し、台湾の地上部隊も、中国の砲撃を受けながら、海岸線で必死に抗戦する――という内容です。
米国にとって「楽観的シナリオ」は、自衛隊が開戦直後から参戦し、日本が米軍に基地だけでなく、民間の空港や港湾へのアクセスを承諾した場合だとしています。
一方、「基本シナリオ」は三つあり、二つは「中国軍が台湾の主要都市を制圧できず、10日以内に補給が切れ」て中国が敗北。もう一つは「中国軍が台湾南部に上陸して港を占拠」したものの、米軍の空爆で港が使用不可となり、中国側が不利な膠着(こうちゃく)状態になる、というものでした。ただ、この「基本シナリオ」では、自衛隊の参戦が前提とされています。開戦当初の日本の立場は「日本が中立を維持しつつ、嘉手納、岩国、横田、三沢を含む在日米軍基地からの米軍の戦闘参加を認める」と想定。これにより、「日本に駐留していた米軍機が台湾周辺の中国軍艦艇を攻撃でき、アラスカやハワイから来援する米爆撃機を護衛できる」としています。ただ、これに対して、中国も動きます。日本を射程に収める弾道ミサイルや地上発射型巡航ミサイルを多数保有する中国ロケット軍が、「日本の空軍基地に壊滅的な攻撃を仕掛けうる」とし、そうした中国の対日攻撃により、自衛隊が米中衝突に自動的に参戦する姿を描いています。
中国にとっても、日本を攻撃すれば、戦線が拡大するので、「極めて重要な決断」となりますが、中国役を演じたプレーヤーは23回のうち、17回は日本攻撃を決定。大半は、米軍が日本の基地での中国への攻撃態勢を整えるのをみて、日本攻撃を決めたとしています。「この(中国の)時間差攻撃は非常に効果的で、地上にある米国と日本の数百機の航空機を破壊しうる」としています。
さらに、米国にやや不利な設定にした「悲観的」シナリオでは、米軍の参戦が遅れたり、米軍がロシアなどの危機対応にも同時対処していたり、日本政府が自衛隊に日本領空・領海の外での攻撃的な軍事活動を禁じた場合などを想定しています。この「悲観的」シナリオでも、中国が台湾侵攻を成功させることはなかったと結論づけています。
米国勝利の「四つの条件」
大半のシナリオ検証では、日米台の連携によって、中国の台湾侵攻を阻止できるとしましたが、同時に「この防衛には、高い代償を伴う。米国と同盟国(日本)は、数十隻の艦艇と数百機の航空機、数千人の隊員を失う」などと、被害は甚大だと強調しています。
元国防総省幹部や退役軍人らが参加し、設定の異なる24通りの戦闘シナリオ(ウォーゲーム)について、計3350万回以上シミュレーションしたといいます。
非公開で行われることが多い台湾有事シナリオの検証を、公表した理由について、報告書は「台湾」が米中紛争の「最も危険で、潜在的な火種」だと指摘し、報告書の目的を、
①2026年に中国が台湾侵攻を試みたら、成功するのか
②最も結果に影響を与える「変数」は何か
③双方が被る被害はどの程度か
という三つの疑問を検証し、それによって米国の対応について「公の場での議論を促すため」だとしています。
24のシナリオのうち、中国が勝利するシナリオは二つ。一つは米軍が介入せず、「台湾が孤立」するシナリオです。もう一つは、米軍が介入するものの、日本が中立の立場をとり、在日米軍の戦闘参加を認めなかった場合です。後者について、報告書では、北欧神話で神々が滅亡し、世界の終末を意味する「ラグナロク」シナリオと銘打っており、米軍介入した場合の最悪のシナリオだと位置づけています。この二つの「例外」を除く、残りの22のシナリオは、現実的で可能性が高い「基本シナリオ」と、米国にとっての「楽観的」「悲観的」シナリオに分類して検証しています。