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いま授業で音楽劇(クリストフ・マルターラー演出『美しき水車小屋の娘』)をみているのだがまじでなんがなんだかさっぱりわからん!

まあ今年は演劇の年だったということにしておくか 能楽・歌舞伎も少し見られたし

しかし最近はあまり「これや!!」という漫画に出会ってないな いやそもそもふれてる量が少ないだけですが(演劇と両立は金銭的に不可)
『東京ヒゴロ』は神だけど松本大洋が神なのはトートロジーだし……『劇光仮面』は面白いけど若先生ちゃんと完結させるかわかんないし……

私は望月ミネタロウの(漫画としては)若干奇妙な画面構成がどういうロジックで組み立てられているのかが気になるよ やたら主観ショットが多かったり……映画に詳しければぱっとわかるのだろうけど

これ気づかなかったな 電子勢ゆえ……

しま さんがブースト

たとえばこういう見開き2ページがあるんだけど、初めて見たとき「うわこれさらりととんでもないことしとるぞ」となったやつで、パッと読んでいくと右ページ3コマ、左ページ3コマの計6コマでズームインとズームアウトを繰り返したカット割りで状況を見せていくように読めるのだが、最終的に全体を俯瞰するとじつは見開きで3コマになっているという、なんじゃこりゃあな表現なわけですね

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あとナン○ユウキが「冗談には(笑う対象の)変容可能性が必要」「傷つけない笑いだけじゃダメ」「きんにくんが異様に好きな人は怪しい」とか言っててこれもウケた

読書会のあとにナン○ユウキ+松○伸司+私+もう2人の計5人で雑談パートが生じ,「シカール派(秩序の撹乱を好む)とホイジンガ派(秩序の中で遊ぶのを好むのどちらですか」と聞かれた

ふつうに就職するので結局ホイジンガ的にしか生きられませんね……と答えたところ,「生きてるだけで逆張り」「逆張りとしての就職」「あえて働いていくスタンスであるべき」などと言われ,ウケた

ここ半年ほどずっと「ピカチュウの尻に火をつける」というフレーズが頭から離れなくて困っている 俺はピカチュウの尻に火をつけたくはないのに

松永○司が永井均を読んだときに言いそうなこと: 「ふつうに文章が下手だと思いますね」

初期の安吾が漫画家になったらきっと榎本俊二みたいなバカ話を描いているんだろうな

『それは私がしたことなのか?』の行為モデルを,文章を語ったり書いたりする行為に当てはめたときなにかバグが起きるような,別に起きないような……

はじめから頭の中にあるものを書いているのではなく,書くと同時に思考が作り出されていくのを感じる 大理石の彫刻のように……

仕事を時間積分しても力にはならないんだが? こいつ物理基礎すらやったことないのか? みたいな文章になってて笑う いやまあ物理は苦手でしたけども

メモっとくか

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言論の力,とはなんでしょうか。
私は「暴力は絶対にいけない」とは言いません。それなくして社会は成り立ちませんから。「自業自得だ」とも言いません。原因と責任は別ですから。
現状,事件の背景は全くわかりません。氏の議論が原因なのか,或いは単なる私怨なのか。憶測で好き勝手に語るべきではありません。しかし,確実なことがわかるまで何も言わずに待つ──これもよくありません。「確実なこと」が開示される保証など,どこにもないですから。黙する人間に世界は何も与えません。
例えば事件を受けてビラを作ること。それを読むこと。この細かな仕事の積分だけが言論の──つまり私達が頼るべき唯一の──力である。私はそう信じています。
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宮台襲撃を受けてビラに寄稿してほしいと言われたので文章を寄せたんだけど,300字でものを書くのって困難ですねえ

主催のひとりがサール『MIND』の訳者だ! 俺の人生の伏線回収か?

socio-logic.jp/nonPhilo/bookcl
「非哲学者による非哲学者のための哲学入門読書会」

これたいへんよさそう 第二期の戸田山和久『思考の教室』回は出ます

URL貼ると落ちるから貼らんけどここからつまむとよさそう

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