ふたりぼっち(書く習慣お題より)

「きみはつまらなくないのかい?」
境界の魔女にそう声をかけられたシキはその言葉が理解できないというようにきょとんとした表情で「つまらない?」と境界の魔女の言葉をなぞった。
「僕なんかと契約して可哀想だと思ってね。こんな何もない、狭い空間にふたりぼっちでさ」
なにかに不貞腐れたような顔で境界の魔女は机に頭だけを乗せて突っ伏したまま足を浮かせてぱたぱたと動かしている。
ああいけないな、とシキは顔を少ししかめた。うちの主ときたら普段は人を取って食ったような態度と言葉で堂々としているというのに。急に自信やら自己肯定感やらを全て失ったようになってしまう。
磨き途中だったカトラリーを音を立てないようにそっと置き、境界の魔女の横まで歩み寄ったシキはその長い脚を躊躇なく折り、彼の主人へと跪いてその手を恭しく握った。
「主」
「うん」
「俺は怒ってます。こちらを向いてください」
「え」
予想外のお叱りに境界の魔女は首をシキの方に向けながら猫のような目をまんまるくさせる。


「な、なんで怒るのさ」
「俺は主がご自分のことを「僕なんか」というのが1番嫌いです。主は俺の唯一にして至高の主、アールグレイと境界の魔女様です。俺の主を貶すのはおやめ下さい。分かりましたか?」
「いやでも」
「分かりましたか」
「疑問符が消えた…」
「分かりましたね」
「あい…ごめんなさい…」
自分の従僕であるはずのシキの圧に根負けし、つい謝ってしまった境界の魔女は、なぜ僕が怒られるはめに…と口をへの字に曲げた。

フォロー


「先程のお話ですが、ここは何もない場所ではないです。貴方や俺が取り扱う数々の品があり…何よりあなたがいる場所です。それだけで満点。セフィロトずっと居たい空間ランキング堂々の1位(俺調べ)、どんなアミューズメントパークも裸足で逃げ出すでしょう」
「おおう、うちの子いつの間にこんなに拗らせて…」
とんでもないことを真顔で言い切るシキを見てもしかして育て方ミスったかな?と少々不安な気持ちすら湧いてくる。
「そしてなにより」
「まだあるのかい?!もういいよ失言だったよ撤回するからこの話はやめよう」
「なにより」
「ひーんこの従者全く言う事聞かないんだがー!」
「貴方とふたりの空間なんて至福以外のなにものでもありません。来客など全て断って永遠にこのままふたりで居たいものです」
そこでシキは握っていた境界の魔女の手を持ち替えてそっと唇を落とす。
「…ーふたりぼっち、最高じゃないですか」
そのまま自身の顔高さまで持ち上げたその手に頬擦りしつつうっそりと微笑みながら「ああ、でも」と言葉を続けた。
「ふたりっきり、って言い方の方が俺は好きです。何か2人のヒメゴトのように聞こえませんか?」
境界の魔女は紫水晶の瞳をさらに大きく開いてから、完敗だ。と呟いて、堪えきれないというようにふふと笑った。

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