引用(1/2)
私はこわがりで、こわがりで、こわがりだ。
にこにこしながら怖がり続ける私がぎゅっと裾をつかむことを許してくれるあなたはとてもやさしく、とても大きくて、私は、そんなあなたの爪先に触れることができるだけで幸せだった。
あなたは決して私を見ないから、私はあなたを見上げていられる。
あなたは決して私を愛さないから、私は決してあなたに捨てられることがない。
あなたのおかげで、ここでこうしていられます。
でも、でも、もうこわくてしかたがありません。
(それはあなたのせいではないのです)。
もうここにはいられません。
(あなたはいていいよって言ってくれますけれど)。
ただ、明日が来るのがこわくて仕方ないだけです。
今日が世界の終わりなら、私は幸せに生きるでしょう。
私はもう私ではなくなり、あなたはいつもあなたのままで、そして、もうわたしではないものが、あなたをあわくつつみこむ。そのようになりたいとおもいます。
引用(2/2)
「いつか」は明日でも、来月でも、きっと来年でもない。
だから、先に行って待っていようと思った。
この身体を離れて、私は葉山の大気に溶ける。
あなたを想いあなたを護る精になる。
あなたを包む風になる。
あなたを暖める火になる。
あなたを潤す水になる。
あなたを支える大地になる。
あなたはそれに気がつくことがないまま、ここは居心地がいいと思ってくれたらいいな。
日曜日に眠りにつき、そして、目が覚めた。
私は、やっぱりまだ、ここから逃げられない。
二階堂奥歯『八本脚の蝶』2002年3月27日(木)分より