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激しく同意twitter.com/sato__michiko/stat

<被害者が加害者に対し迎合的態度を取ること(従順・迎合反応)は広く知られる知見です。そして被害者はこのことで自責感を強めますし、深刻なPTSDを引き起こします。ですのでこのメッセージは性加害の事実が無かったことを裏付けるものではなく、「とうとう出たね」などと言うようなものではないです>




 防災は、人命・人権最優先の政治家を選ぶところから!
 「自治体のリーダーが無能」という事実は、人を殺すよ。



 

『ビリーブ 未来への大逆転』(2018)を観た。

 まず、邦題がひどい。原題の『On the Basis of Sex』じゃヒットしないだろう、と考えるオッサン中心業界のダサいセンスへの嫌悪。
 苛酷すぎる性差別。くじけずたたかえた歩みにおいて、夫の存在は大きいと思う。奇跡のような存在だ。
 偉大すぎて参考にならないレベルだけれども、私も、歴史の歯車は決して逆回転しないことを信じて、間違っていることを間違っているときっぱり言い続ける人間でありたい。




『グラン・トリノ』(2008)を観た。

 後半の“事件”から最後まで、嗚咽が止まらなかった。
 終わってからもしばらく涙が止まらなかった。
 
 クリント・イーストウッドの作品を観るときの私は、おそらく他の映画を観るときの態度とは異なってしまっていて、そこがもう鑑賞の作法として間違っているのかもしれない。でも仕方ない。
 マッチョな白人男性の象徴としてさんざん暴力で物事を“解決”してきた彼の『贖罪』の道。
 2008年の時点で、頂点に達していた感がある。




『M*A*S*H』(1970)を観た。

 私は多分もともと「ブラック・コメディ」なるものが好きではない、のだと思うので、これを楽しめないのは当たり前といえば当たり前で。しかも、1970年当時の人権感覚でのブラック・コメディなので、輪をかけてムリなのだけれど、とりあえずきちんと最後まで観た。
 笑い…というか嫌がらせのオンパレードなので、私でなくてもドン引きする人は少なくないと思う。ベトナム戦争下での米軍を賞賛する傾向への殴り込みの意味が込められているのでその意味では◎なのだけれど、セクハラとイジメは強烈。
 自らのセクシャリティに悩む歯医者の自殺をみんなで見届けるセレモニー(?)で、みんながダ・ビンチの『最後の晩餐』を真似ていたところが面白かった。なぜ歯医者が立ち直ったのか、は、謎。あの女性と寝たから?え、セクシャリティは??

 随所に挿入されるトンチキ日本語歌詞の歌と、小倉の病院、小倉での芸者遊び、全部トンチキで笑ってしまう。白人にとって極東なんて全部あんなイメージだ。銅鑼を鳴らしておけばいいw




 支援に行ったさいたまスーパーアリーナで包まれた空気、かいだにおい、聞いた話。フラッシュバックにあうと「10年以上前なのに、こんなにも鮮明に覚えてるのか」と妙に他人事のように感心してしまう部分がある。

 避難所では性暴力が起きる。物陰に引っ張りこまれる。女性と子どもは、ぜったいに1人にならないで。男性は避難所から「物陰」をなくせ!!避難所のスタッフは女性を多めにして、声のデカいおっさんが仕切るようなシステムは今すぐ変えろ。




『ブックスマート』(2020)を観た。

 楽しかった。かわいかった。
 ただ…
 あの高校は、ガリ勉タイプでなくても、高校生活をウェ~イと楽しみながらも要領よく勉強をこなしていればアイビーリーグに入れる、という高校である。それは、相当な恵まれた環境だ。あんなゴージャスなパーティーをなぜ高校生が開催できるんだ?
 性差別もLGBTQ差別もなく、セクシャルな話を率直に話せる人間関係がどんなに心地よいかは、伝わってくるし、オリビア・ワイルド監督が描きたかったのは男性中心社会が永年作り上げてきた「高校生ってこういうヤツらだろ?」「女子高生ってこういうヤツらだろ?」というステレオタイプを拒絶したリアルな高校生像で、それプラス「人は見かけによらない」「偏見は捨てよう」というメッセージもとても良く伝わってくるので、その点はとても良かった。
 だけれども、地獄のような経済格差に一切触れない以上は、あの子たちを「すごいリアル!」というのも限界がある。「こんなに努力して青春を捨てて勉強してきた私は!」と語るモリーは、自分の努力「だけ」でイェール大学にたどり着けたと思っているのだろうか。校長が薄給に苦しんでタクシー運転手のバイトをしていたくだりは、マジで笑えなかった。




子どもが楽しそうに『男はつらいよ』を観ているのを眺める。
 どう考えてもイヤなヤツなのに、なぜ日本社会はこの映画シリーズ(というか寅さん)をもてはやしてきたのか、いつかきちんと言語化したいと思っている。ぜったいに何かしらの「歪み」があるはずだから。

 好きな女性に自分の気持ちを率直に伝えない点はもとより、寅次郎は常に、誠実なコミュニケーションから逃げる。あなたの気持ちが知りたい、なぜこんなことしたんだ、お前はどう考えるんだ、と相手が誠実に向き合って対話しようとすると、100%逃げる。コミュニケーションが苦手、という領域を飛び越えて、コミュニケーションへの極端な恐怖を感じる。他方で、自分は人間だの恋愛だのを誰よりも深く知ってるかのように語り、うまく立ち回ってやろうとお節介を発揮し、失敗する。惨め。大げさでは無く、なんらかの特質なのだろう。「伝統的家族」幻想にとらわれた柴又界隈だからこそ、不定期に突然寅次郎が帰宅してもガマンして受け入れているが、現代ならあり得ないし、自分がさくらだったらと思うと鳥肌が立つ。
 (かつての)人々は、こういう車寅次郎の何に魅力を感じたのだろう…「自分もあんな風に自分勝手に生き抜いてみたい」とか?





首の後ろ、頭の付け根あたりがズキンズキン痛い。。。両肩まで痛い。。。一体なぜなんだろう、こんな頭痛(?)初めてだ。。。

子どもが『サタデーナイト・フィーバー』のジョン・トラボルタを「気持ち悪い!」と忌み嫌っているところへ、夫が「『キング・オブ・コメディ』のデ・ニーロの方が気持ち悪い」と言っていて笑った。ほんとに気持ち悪いw天才w



『スノーピアサー』(2013)を観た。

 どのジャンルにも収まらないストーリーはさすがポン・ジュノ。たとえハリウッドのSF映画という土台でも、やはりサスペンスでもありアクションでもあり、ホラーでもあり、イヤな気持ちにさせ、観たくないものをたくさん観せる。
 ティルダ・スウィントンが素晴らしい。クセの強いイヤ~な役を、「極悪」ともちがう、哀れなほどおかしな風に演じていて見事だった。ソン・ガンホも抜群の安定感。
 あのプロテイン…映画館で何人吐いただろうか。
 あの小学校の車両がとにかく鳥肌が立った。教育という名の洗脳。あの合唱、あの振り付け、気持ち悪すぎた。「階級」と「差別」への憎悪がつのる。



『バグダッド・カフェ』(1987)を観た。

 発端の夫婦げんかはともかく、そもそも何故ヤスミン(ジャスミン)がアメリカのあの場を旅していたのかがよく分からないという設定がウケる。いいじゃんそんなことどうでも、ということなのだろうけれども。ヤスミンもブレンダも、きれい。ブレンダの夫、息子、従業員、ルディ、保安官、男性が全員マッチョと対極な感じなのもよかった。白人美男美女が一人もいない映画。
 


ヤーレンズ「しか」面白くなかったのに、ヤーレンズが優勝しないってどういうことだ。。。
伊集院光さんの朝のラジオを聴いていたから「あ!ヤーレンズの出井くん、のヤーレンズだ!」ってとても懐かしく思って、まさかこんないい漫才する人だとは知らず、応援できてほんとうによかったよかった。優勝しなかったのは、ほんとうにおかしい。


M―1、第一回しか見たことなくてあまりにも久々。松本人志なんか観たくないし。
びっくりするほど面白くないのが続く中、ヤーレンズだけが面白かった。伊集院光さんの朝のラジオにいた、あのデイくんが頑張ってるのかと感慨深い。きっと最後まで残るから、がんばれ~。



<独立回復後の安全保障が現実的な課題となる中で、戦前のような軍隊を否定しつつも、再軍備やそれに伴う憲法改正の必要性に繰り返し言及していたことが初めて明らかになりました。>

ハァ!?💢 クズ

www3.nhk.or.jp/news/html/20231




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