当該区間を過ぎたら専用機関車を切り離し、再びディーゼル機関車のみで山道を進む。大体時速20kmあるかどうか。元々ダム建設に関連して中部電力が敷設した路線だが、本当によくこんなところに線路通したな、という地形が連続する。峡谷に鉄橋を架け、可能なところは素掘りして隧道を穿ち、あるいは尾根の終わり、切り立った先をなぞるように迂回して進む。あっという間に白緑の水面は下に遠ざかり、木々に阻まれ見えなくなる。代わりに遠くの山々まで見渡せるようになれば、終点の井川まであと少しだった。

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終点の井川駅に到着。千頭からここまで2時間弱、途中にある有名な湖上駅までで乗客の半数近くが降りて、乗り通したのは20人ぐらいだっただろうか。土地の人はおらず、カメラを構える旅行者がほとんど、数人がハイキングスタイルといった様相だった。山間の駅は晴れていたこともありどこか気持ちの良いコンパクトさを感じたが、雨の日の心許なさも味わいたい気はする。

井川駅の周りには人家や商店、食堂の類はない。あるのは急な坂を下った先に待ち構えるのは井川ダムの堰堤、そして付帯する施設のみである。PR施設の展示館は冬季閉館、集落のある井川本村とを湖上で結ぶ渡船も冬の水量不足で運休中のため、この時期は堰堤の上をぶらりと歩きその高さや雄大さを噛み締めるのが主な過ごし方となる。しかしそれがいい。高所ゆえの空の広さ!気持ちの良さがすごかった。

井川駅駅前の風景がこちら。自販機はあるが左のタバコ自販機は480円時代で止まっていた。飲料は生きてそうな気配。右の道路を進むと集落らしいのだがなかなかに距離がありそうだったので特に進まず、駅で千頭までの硬券を購入。応援のつもりだったが、この区間は中部電力さんが赤字を補填していると先ほど知った。まあそれ以外に、本線側も災害復旧しんどいですし……。

ここから旅程はウルトラCをキメる。アプト式の連結を見たりダムを見たり湖上駅を上から眺めたり配線跡を眺めたりしたい!という理由から、路線バスを駆使しながら同じ区間を行ったり来たりすることに。まずは井川駅の次の駅、閑蔵駅で乗り継ぎ2分の路線バスに乗り換え、現代の土木技術で鉄路より大幅にショートカットすることに成功した県道をゆく。長島ダム駅で乗ってきた列車を先回りして待ち構えた。この後、この1年の間の親の顔よりは見ることになる、平成に入ってから作られた長島ダム駅である。三角屋根がかわいい。

また、井川線の沿線はDyDoの自販機が大充実。静岡ってそうなの?

長島ダム駅から下っていく列車を見送る。レールは写真に写っているところから更に地形に沿って回り込むように敷かれており、そこもまた急勾配の直線が続く。

バスで山道を下ってあの列車を追い抜き見送ったが、今度は山道を上るバスに乗る。下りのバスで木々の間からちらりと見えた奥大井湖上駅の絵が良すぎて、行く予定はなかったのだが戻ることにしたのだった。

やってきたバスはガラガラで(まあ電車と代行バスで来る場合、千頭接続の時間的に上りは列車に乗る人が多いのだろう)、バス停からどのあたりまで戻ればいいか目を凝らしながら1区間を乗車したのであった。

そうしてバスで湖上入口に戻り、てくてくと長島ダム方面に少し戻るとこの眺望。この長いワーレントラス橋を一望できる上に、湖の橋の色合いのコントラストといったら。冬で葉が落ちていればこそのビューポイントなところもよかった……。

ここから写真中央に見えている奥大井湖上駅(前日夜に星見列車で訪ねた駅である)まで、左側の鉄橋に存在する歩行者専用路を通って歩いていけるらしい。こんなん行くしかなくない?

で、バス停まで戻って更に接続路を歩き始めたらまたこの眺望である。何故このレベルの人出で済んでいるのか理解に苦しむが、空いているのはありがたい。しばし佇んで絶景を堪能した。

元々寸又峡観光というノウハウがあった上での長島ダムの完成に伴う鉄路再整備だった。景勝地における観光のツボを抑えているのかもしれない。この辺りは樹木もないから、中部電力か川根本町がそのように整備しているのだろう。鉄橋への案内標識も分かりにくいところには追加で掲示されていた。

そう。大井川鐵道で感心したのが、駅員から乗務員まで皆徹底して「どちらまで行かれますか?」の声かけを欠かさないことだった。南アルプスの南端からはなんとか外れているとはいえ、場所によっては携帯各社の電波が入らない立地である。接遇満足度の向上以上に、万一の事故を起こさないように、ということなのだろう。

少しアップダウンのある道を越えて最後の階段を降りていくと絶景、通路の手前も開放感のある眺め。この駅が話題になるのも、整備するのも良くわかる。

ちなみに湖上駅には少し急な斜面に2階建ての小さなロッジ風の建物が建っていて、うち1階にはカフェメニューを供する小さな売店が入っている。2階の展望スペースとともに座席は自由。ここで半日ぐらいぼんやりしながら景色と列車の往来を楽しむのも乙だと思う。
惜しむらくは売店の営業日がはっきりしないこと。前夜の星空列車運行時は夜間にも関わらず営業していたが、この日曜の日中はクローズ。まあ冬季は井川線自体がシーズンオフということなので、前日が望外の幸運だったのかもしれない。

鉄橋の上を歩いて待つこと5分、井川から下ってきた列車に乗って、本日3回目の長島ダム駅を目指す。

3度目の湖上駅、着いたら交換だったらしく既にアプト式機関車を切り離した井川行きが山側でお待ちかね。機関車自体のペイントもヘッドマークも異なる。客車側は現在ゆるキャン△コラボのヘッドマークが掲出されており、これも皆絵柄が違う(手前側の「湖上駅」が付けられている方に乗車してきたが、最後尾車両に掲出されていたのはマスコット犬「ちくわ」だった。かわいい)。警笛も3種類あると車内放送でアナウンスされていて、毎回どれが来るか、どんな音が鳴るか楽しみだった。

本線の方も東急、近鉄、そして南海の退役車両が頑張っている。人によっては懐かしく、また新しいのも大井川鐵道の味だと思う。とにかくおいしすぎるんや。

長島ダム駅に別れを告げ、今度は歩いて一駅移動。ダムの堤体を渡り対岸の旧線跡を歩く。ここは何の標識も出ていないので迷いかけたが、幸い電波が入ったので川根本町のガイドマップで見当をつけた。しぶき橋(ダムの目の前に架けられた橋で放水時にしぶきがかかることからこの名前がついたそうな)のあたりから下流に向かう階段があり、そのまま下りていくと車道に一部分断された向こう側に「ミステリ〜トンネル」
というご機嫌な看板が現れる。

井川線は旧線もトンネルが多かった。この廃止区間も多分に漏れずトンネルがある。そして鉄道線の旧線なので、トンネルにライトはない。コロナ禍前は駅とダム施設で懐中電灯の貸し出しをしていたそうだが、今は中止していると車内の観光ガイドでアナウンスされていた。

中はこっちが笑顔になる感じの、ごきげんなミステリ〜でした(※個人の感想です)。

ミステリ〜トンネルを抜けた先はゆるキャン△でも出てきたキャンプ場だった。日曜だからかオフシーズンだからか、係の人含めて誰もいない。が、よく見たら対岸の上方に線路が見える!時刻表を見るとちょうど井川方面行きが来るようだったのでしばし待つことに。無事えっちらおっちらゆっくり押し上がっていくアプト式機関車達を堪能。ほんと、鉄道が上る坂じゃないわよ、あれ……。
そして長島ダムに度々行っているので、交換がない場合はアプト式機関車が単機でアプトいちしろ駅まで戻ることを知っていた。このキャンプ場からでも長島ダム駅は遠くに望めるので、トンネル進入時の警笛等で見当をつけながらまつことしばし、交換の列車が来る気配なく井川方面行き列車が長島ダム駅を発車。これはアプトいちしろでのお出迎えチャンス!
急いで駅へ向かおうとする私の前に立ち塞がったのは、ミステリ〜トンネルであった。このキャンプ場は両側をトンネルに挟まれているのだ。そして、今から通る側の方が、長く、屈曲していて光もなく、更に地元の人頑張っちゃった案件であった。ゆるキャン△で予習してたから良かったけどそうじゃなかったら叫んでた。マジありがとうゆるキャン△。

這々の体でミステリ〜トンネルを抜けるとまだ留置線にいない!聞こえてくる列車音!無事に間に合いましたやったね!!日も傾いてきていて光の感じがとても好き……。

さて、しばらくここには列車は来ない。時刻表とGoogleマップと睨めっこして一駅先の有人駅まで歩こうかなあ、なんて思っていたら今回送してきた機関士さんが帰ってきて、先の駅までつながっている県道はずーーーーーーっと坂道を上っていかないと着かないことを教えてくれた。先に井川行きが来るから、一駅乗ればちょうど交換でやってくる千頭行きに乗り換えられる、とも。よし。満場一致でここで「待ち」だ。

周辺の見所は発電所への専用路となっていて渡れない橋。平成に入って長島ダムができるまでは、鉄道橋だったらしい。黒くていかつくてかっこいい。惚れる。そしてなるほど、この線形なら現・ミステリ〜トンネルへのアクセスも自然である。
納得したついでに、噂の坂道もどんなもんかと思ってちょっと上ってみた。これは、普通に、きつい。一応地図では葛折になっているが、初手の斜度がなかなかある。しかしそのおかげでちょっと上っただけでアプトに切り替わった現行線と旧線跡の橋梁を綺麗に収めることができた。これ多分、今枯れ木になってるところに桜が咲くんだろうな。秋も美しかろう。しかし眺望に抜けが出るのはこの冬の時期である。ほんと折々でおいしそうな景観が心憎い。

列車も来ないので線路に踏み入らないようにしながらレールも撮影。ラックレール、三段構えなんだな。錆止めなのか、あたりにはほんのり油の匂いが漂っていた。

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