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わたしの多腕ははっきり起源が仏像なので(ひいてはそこに影響するいろんな神像)、メカニカルで象徴的な「モノ」としての多腕イメージと、ヒンズーの神々のような生々しく肉肉しい「いのち」としての多腕の両極のイメージが有る
モノの多腕は興福寺の阿修羅像、肉の多腕はドゥルガーだろうなー

だからわたしの多腕のイメージは「肉体の機序」に基づかず、「神性、力の表現」として「万華鏡」的に広がる幻覚のようなものなのかも
どこについてる、どこと繋がってる、じゃなくて、こう……すべてが変幻自在ににょきにょき生えて動くみたいな 肉がスライムやゼリーのようにぐねぐねと動いてある程度自在に体の中を動きながら腕が作動するようなイメージ……だから上の腕と下の腕が入れ替わってリもするみたいな

わたしにとっての多腕の持つ「神性・力」は、衆生を救うものであり、哀れみ伸ばされるものであり、来迎しその腕に抱くものである

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