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災害と悲しむ資格 

117を経験してから感じたのは、自分をどれだけかわいそうに思っていいのか長い間わからなくなっていたということ。
周りで117を語る人はみんな「うちは全然なんだけど」と枕詞をいれる。誰も、あなたのところは皿が割れただけでしょ、なんて言わないんだけど。
聞き手を思いやるからなのか、語る自分を客観的に見ていると思いたいのか。
この枕詞に慣れてしまってからは、語ることすらおこがましいと思うときもあった。
でもそんなこと言ったら不幸の度合いなんてはかれない。どんな亡くなりかたをしたのかで語っていい量が変わるわけじゃない。
「うちは全然なんだけど」と言い続ける、聞き続けると、自分に「資格」がないように思えてくる。
語ったり、悲しんだりするのに資格やレベルはいらないっていうシンプルなことさえ、わからなくなっていく。

· · Tootle for Mastodon · 0 · 14 · 42
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