『馬鹿にだってわかること』
バレンタインデーから数日後、登校して授業の始まる前のまだだらけた時間に二年生である俺の教室の扉をガラリ開けたのは、三年生の番長グループである堀田さん達だった。三年生はもう授業がないのだがこの人たちは就職は決まったものの出席日数の関係でギリギリまで登校せざるを得ないのだ、とは三井サンから聞いた情報である。そういう訳で二年生の教室になど来る必要はないのにわざわざ足を運ぶってことは。
「おい宮城、昼休みに屋上まで来い。」
なんとも懐かしい呼び出しというやつだ。
そんなわけで昼休みになり屋上に向かった訳だが、クラスメイトには散々止められた。まぁ一年ほど前にこんなふうに呼び出されて入院騒ぎになったのだ、その後のバスケ部も巻き込んだアレコレの顛末を正確に知らない人間から見ればこれは卒業前のお礼参りってやつにしか見えない。だが彼らはそんなことはもうしない。少なくともバスケ部と三井サンに関係するところには。
が、屋上の扉を開けて彼らの顔を見たときはその思いが少し揺らいだ。それくら堀田さん達の顔つきは悪かった。
なんの用っスか?と言いかける前にガッと囲まれる。そして地を這うような声で、
「宮城、お前バレンタインの日に三っちゃんにチョコを渡して告白したそうだなっ!」
と言われた。
「ちが…」
「俺たちに断りもなくいい度胸だ!」
「いや、だから誤…」
「お前に三っちゃんを幸せにする覚悟があんのか!?」
「三っちゃんを泣かしてみろ、ただじゃあおかんぞ!」
「だーかーらっ、誤解だよ!!」
俺の叫び声はきっと隣町まで響いたに違いない。
「いやぁースマン、スマン。誤解だったのか。そうか妹さんのかぁ…」
堀田さんは謝罪してきたが、誤解が解けた割には顔つきが晴れやかではないのが謎だ。
この呼び出しは、どうやらあの日のあの場面を見た誰かの話が伝言ゲームにありがちの展開をしてそこに尾ひれはひれがつき、そのひれ付きの話をなぜか学校の番長に伝えちゃうバカがいたから起こったことのようだ。三井サンガチ勢の彼らがその話を聞いてただで済ます訳がないのはわかるけどなんでさっきみたいな話になるんだか。
「あんたら三井サンに対してどういう立ち位置なんだよ…」
「だってなぁ、卒業したら今までみたいにいかないし、誰か信頼できる奴に三っちゃんを任せたいと思ってたところに告白と聞いて、そうか宮城ならいいかも知れんとだな…」
「いいかもの割に交際を認めない親父みたいな勢いだったっスよね?」
「あれくらいの障害を乗り越えられないようじゃあ宮城の本気を信じられなくて。」
「あんたら本当に三井サンのこと好きなんですねぇ。」
そう、あれはもう友達というより親、保護者か?つい俺はしみじみと常日頃から思っていることを口にしてしまった
「当たり前だろ。三っちゃんは俺たちにとって大切で、大好きな友達なんだよ!」
好きなんですねって自分の言葉と大好きだという堀田さんの言葉に胸がちくりとする。どうしてこう目を背けたいのに背けていられないことばかり起こるんだろう。真っ直ぐにあの人のことを好きと言えるこの人たちが羨ましいとか知りたくなかった。
「まぁ、告白でもなんでもなかったんで杞憂に過ぎませんでしたね。」
この話はここでおしまい。そういうつもり俺はそう言ったのだが、
「宮城になら三っちゃんを任せられるっていうのは本心なんだけどな。」
などと堀田さんが続けるものだから困ってしまう。
昼休みが終わって俺は屋上に一人取り残された。
そこにあるのに見ないふりして、気がついたら血まみれになってるささくれを見つけた時みたいだ。こんなに痛いのに同じことを繰り返してしまう。一歩踏み出す勇気はそう簡単に出ないはずなのに、ひと月先に約束の日があった。
これが計算ずくのことならとんだ策士だよ、三井サン。