『馬鹿にだってわかること』
バレンタインデーから数日後、登校して授業の始まる前のまだだらけた時間に二年生である俺の教室の扉をガラリ開けたのは、三年生の番長グループである堀田さん達だった。三年生はもう授業がないのだがこの人たちは就職は決まったものの出席日数の関係でギリギリまで登校せざるを得ないのだ、とは三井サンから聞いた情報である。そういう訳で二年生の教室になど来る必要はないのにわざわざ足を運ぶってことは。
「おい宮城、昼休みに屋上まで来い。」
なんとも懐かしい呼び出しというやつだ。
そんなわけで昼休みになり屋上に向かった訳だが、クラスメイトには散々止められた。まぁ一年ほど前にこんなふうに呼び出されて入院騒ぎになったのだ、その後のバスケ部も巻き込んだアレコレの顛末を正確に知らない人間から見ればこれは卒業前のお礼参りってやつにしか見えない。だが彼らはそんなことはもうしない。少なくともバスケ部と三井サンに関係するところには。
が、屋上の扉を開けて彼らの顔を見たときはその思いが少し揺らいだ。それくら堀田さん達の顔つきは悪かった。
「いいかもの割に交際を認めない親父みたいな勢いだったっスよね?」
「あれくらいの障害を乗り越えられないようじゃあ宮城の本気を信じられなくて。」
「あんたら本当に三井サンのこと好きなんですねぇ。」
そう、あれはもう友達というより親、保護者か?つい俺はしみじみと常日頃から思っていることを口にしてしまった
「当たり前だろ。三っちゃんは俺たちにとって大切で、大好きな友達なんだよ!」
好きなんですねって自分の言葉と大好きだという堀田さんの言葉に胸がちくりとする。どうしてこう目を背けたいのに背けていられないことばかり起こるんだろう。真っ直ぐにあの人のことを好きと言えるこの人たちが羨ましいとか知りたくなかった。
「まぁ、告白でもなんでもなかったんで杞憂に過ぎませんでしたね。」
この話はここでおしまい。そういうつもり俺はそう言ったのだが、
「宮城になら三っちゃんを任せられるっていうのは本心なんだけどな。」
などと堀田さんが続けるものだから困ってしまう。
「あのねぇ、三井サンだってあんた達と一緒で卒業するんだよ?大学生を高校生に任せるってなんなの。今までみたいに部活で一緒とかじゃないし。三井サンだって大学行ったらそこで新しい出会いとかあるし余計なお世話っていうか、そもそも本人のいないとこで何の話ししてるんだ、ってーの!」
自分で喋ってて言葉がグサグサ刺さる。なんで俺にこんなこと言わせるんだよ。なんで俺なんだよ。
「三っちゃんが執着を見せたのってお前だけなんだ。」
堀田さんは少しだけ寂しげな声で続ける。
「何にも興味がなさげで楽しそうにしててもどこか投げやりで、どうでもいいような顔をしていた三っちゃんが、なんで宮城にはあんなにも絡むのか不思議でならなかった。だけどバスケ部襲撃で見せたあの姿でわかったんだ。」
それは。
「三っちゃんは、本当に好きなものにだけ執着するんだよ。」
バスケットと安西先生と、そして宮城リョータ。
馬鹿にだってわかることだ。
「俺らがしてるのは本当に余計なお世話なんだろうけどよ、三っちゃんは、三っちゃんからは絶対に言わないだろうから、宮城頼むよ!」