「美術ないし文学作品が、それを鑑賞する人びとの中に予見し難い反応を惹き起こすということ、ある一つの芝居や映画が一人の人を同情に誘い、他の人を憎悪にかりたてるということ、そういう事実はたとえ別にするとしても、芸術を解する感受性や実際芸術にたずさわることなどは実生活における野蛮行為に対して何らの妨げにもなっていない、ということの証拠は、今やかなり存在しているのである。ある一人の人間が、夜、バッハを弾く、しかも上手に弾いて、あるいは、プーシュキンを、それを深い理解を示しつつ読んで、朝になると、アウシュヴィッツや警察の地下室でさっさと仕事を始める、というようなことは、われわれの教育に関する理念や人道主義的自由主義的理想とは何ともかみ合わないけれども、確かに実際ありうることなのである。」『脱領域の知性』「虐殺の使嗾」