フォデューリ家
「父様、男の子ってどうしてああなの?」
「どうしたんだい、リリー?」
柔らかそうな頬を愛らしく膨らませた娘は、目に怒りを宿して僕の隣に腰掛けた。妻に似た顔立ちの娘は、怒り方まで妻に似ているらしい。まあ、性格はどちらかと言えば僕だけれど。
「最近ね、隣のクラスの男の子が意地悪するの」
「……へぇ、どんな?」
声が低くなってしまったのは自覚している。でも仕方がないのだ。目に入れても痛くない愛娘に嫌がらせをする不届き者の存在を知ってしまったのだから。
「どんな事をされたんだい?」
後で名前と親の爵位も控えなくては。
「揶揄ってくるから怒れば『魔物みたい』って言ってきたり、成績について馬鹿にしてきたり」
「碌でもない男だね」
向かいに座る妻が凄い顔をしているけれど、今はそれどころでは無い。僕や妻に似て成績は上位の娘だ。相手の男は彼女を馬鹿にするほど良いのだろうか。
「その子はね、頭は良いの。学年一位だから。でも私だって学年二位なのよ!馬鹿にしなくてもっ」
妻が胸を押さえて呻いている。まさか自分に飛び火するとは思わなかったのだろう。
「だから休み前の一対一対戦で見返そうと思ったのに……次は絶対に負けないわ」
フォデューリ家
妻が何かを思い出したのか、拳を作って頷いている。碧い瞳が「いいぞ、それでこそ私の娘よ」と訴えていた。触れると面倒なので放っておいた方がいいだろう。
「こうなったら、今からでも勉強しなきゃ。善は急げよ!」
拳を高く上げ部屋を後にした娘の背中に既視感を覚えた。血は争えないとはこの事を言うのだろう。
それにしても。
「リリーの学年で一位……ね。同学年でそれだけの能力がある生徒か」
確か、とある伯爵家の三男坊が大層優秀だと聞いたことがある。彼には昼会で逢う事はあるが、礼儀正しく元平民である妻を色眼鏡で見ることも無かった。
だが今思えば、彼の視線の先にはいつも同じ人物がいたように思う。
「ふぅん……。なるほど」
「目が不穏」
彼の行動や言動はどの感情からくるのかよく知っている僕は、「余計なことはしないでよ、前科持ち」と釘を刺す妻に何も言わずににっこりと微笑んだ。