「差別的だと思ったなら、付き合い自体をやめればよかったのに」と思われるかもしれません。
ですが宗教差別でそれを行なった場合、私は友人知人フォロイー9割と縁を切る話になります。
それくらいに宗教/信仰に対する差別や搾取に自覚的な方が少ない中で、我々は損なわれた権利を回復してゆかねばなりません。
また我々自身がマジョリティとして損なった誰かの権利について向き合わねばなりません。
そして更に我々は、クィアとしても生き抜かなくてはいけません。
メンバーによっては障害者だったり、犯罪被害者だったり、病があったり、国籍を持たない国に住みながらも、この活動に関わっています。
差別されやすい属性を多く抱えて、なぜ外へ出て(多くの場合差別的な)誰かと繋がろうとするのか?
その答えは我々が語るまでもなく、差別反対を掲げる方ならば皆各々の考えをお持ちでしょう。
どんな状況にあっても、実際に接し対話を重ねることによって、相互理解と差別解消へ繋がれる瞬間が確かにあると、我々は経験として知っています。
今回は残念ながらそれを望むのが難しいケースになりつつありますし、同様の事態はこれまでも複数回あり、今後も起こりうるものと思います。
しかしこれからも、我々は誰かと繋がろうとし続け、生き延びようとし続けていきたいと願っています。