新入社員の知り合いが、新入社員全員に与えられた課題がスムーズにこなせないことを理由に「社会の役に立てない」と言っていて、「賃労働="社会人"」という認識の怖さをここでも感じた。そっと「職場の役に」と言い直してみたが伝わっていただろうか。
というか「"社会"の役に立つ」ことができないのを引け目に思う必要なんて無いし、周りと同じかたちで賃労働がよくできるできないで「役に立つ」かどうかなど判断されたくない。
「"社会"の役に立つ」ことは我々の義務ではない。

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自分としては、社会を良くはしたいが社会の役に立ちたいとは全く思わない。
この社会における「役に立つ」と搾取って近いところにあるように感じている。
「"社会"の役に立つ」ことを積極的に望む者を止めはしないが、市民を役に立たせよう、市民は役に立たなければならない、という構造は変えなくてはいけない。よく使われる言葉だが、社会のために「輝く」必要は別にない。

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