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言葉の「誤用・正用」に対する道徳的感覚というのは、文芸においては、作家やジャンルに対する、読者等の態度をも規定しているようにも思える。
言葉の変な使い方をしても(半ば道徳的な調子で)「容認」される作家・領域と、容認されない作家・領域、みたいなのがあるわけである。
そして「基本的に容認されないのだが特別に容認されている」みたいな扱いになると、……なんというか「基本的に容認されない場のなかで、特別に容認されている者の振る舞い」になってしまう、という印象がある。

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