1/2日記 230115
昨日はNY来て初めての休み。なんとなくまだふわふわした心地だったので、一旦締めるために来た感味わっとこう、と思い、セントラルパークとMoMAに行く。セントラルパークはスケートリンクができていた。冬はこんななんだね。ふみと来たことを思い出す。岩と丘と樹と高層ビル群の景色が好き。
MoMAはアンリ・ルソーのライオンとロスコに会いに来た。エレベーター5Fの扉がひらいて眼前に現れたルソーに、また会えたね、会いにきたよ、とじんわり。他にも覚えのある作品を前にすると、ふみのことを思い出す。彼女のパッと感じパッと表出し行動する、あのテンポを私にも憑依させたい。
ロスコを見ると、身を切るような、あるいは全身の肌から血が滲み落ちてくるような感覚になる、絶望がせり上がってくる。
ここに2度目に訪れる間に私なりの絶望を経験して、時が流れた。
空腹でふらふらしながら間違えて入ったバーガーショップで揚げた芋を食いMcNallyJacksonBooksへ。哲学書をじっとり見てとだっちさんに何を共有しようか考える。知っている日本文学や哲学者の名前を知らぬ綴りで見つけるのは楽しい。英語で読める学力があればと思う、新刊小説たちの表紙がどれもおもしろそうだったので。(つづく)
Mc〜は結局Brooklynの店の方が選書が良かった。というか、規模が小さい店の方が選書たる選書になるから良く映るのかも。book thug nationはイカしてた。地元だったら休みの度に行くだろうな。夜は色々失敗する。いい歳して「好き」に惑わされるのはやめてほしい。
今日は仕事をしつつ、一昨日にも思ったことを繰り返し思う。というのは、NYはとだっちさんの言うように「宗教も人種もバラバラな地域」だからこそ、ファッションや姿勢佇まい、声の抑揚や相手の目をちゃんと見て対峙すること、瞬間的にリアクションを表出すること、に長けている人ばかり。それに背筋が正されるし、この気分を日本に持ち帰って保ちたいと思う。
もっとちひろちゃんやふみのように、思っていることをタイムリーに表出できるように練習しよう、と1/2日記のことを考える。その一方でとだっちさんのような、制作と言えるような優れた表現を考えて出す、という在り方が私にとっての理想であり憧れ。憧れすぎて前にすると訳わかんなくなっちゃうんだよなあと昨日の自分に言い訳をする。(つづく)