呪術廻戦27巻読んだ
こないだ推しが対人関係の話題で「少し前まで『他者は敵』だとどこかで思っていたけど、そんなことはないということに最近気づいてきた」と話してて、他者をそう思うこともだけど、「自分は敵じゃない」と他者に思ってもらうというのも処世術?社会性?だなということを高羽のエピソードを読んで思った
「兄弟」がやたら登場することでお馴染みの呪術廻戦だけど、たぶん「お笑いコンビの相方」というのも似たような存在として位置づけられている気がする
たしかに、恋愛性愛や社会的承認で繋がっているわけじゃないピカチュウとかアグモンとかスタンドとかダイモンとか相方みたいな存在って子どもの頃憧れたな なんかずっとそばにいる、とか、どんなことでも自分側にいてくれる、という保証がある気がして(実際は相手が人間であればそんなことはないし、長じた今は居られたら絶対うざいから嫌だが)
「もっと俺を知ってほしい」という、世界と繋がるまず一人目が高羽にとっては相方なのかも
私は自分のきょうだいに対して「ずっとそばにいる、どんなことでも自分側にいてくれる、という保証」を感じたことはないけど、なんか作者の兄弟観と相方観に似たにおいを感じて……