おとなになってからやっと人とまともに話せるようになった、というのは、私の変さは若い頃ほどコミュニケーションのうえで邪魔になっていて、年を取ってやっと人間の社会とチューニングが合い始めたということ
小学校に上がる前後は興味の方向も言葉の発達も若干ピーキーで、同年代の子と上手に会話ができなかった 私と遊んでも楽しくないのが分かったし、誘ってくれる子もあまりいなかった 空気の中には見えない成分の違いがあることを知って保育園の先生に御高説を垂れたら、私が酸素と二酸化炭素を勘違いしていることがわかりとても恥ずかしかったのを今でも思い出せる
遊びに混ぜてもらいたくなっててちょっかいを出したら二度と来ないでと叱られたり、外遊びの時間は園庭でボーッとしていたり、それも嫌で空いた部屋を探してひとりで本を読もうとしたり おままごとがあんまりできなくて、ブロックとちゃんばらが楽しかった そんな思い出
異質なのは私であることは一旦おいておき、私の主観にとっては、たとえ同じ言葉を使っていても、他人はコミュニケーションを撮れない存在であることが私の世界の大前提になっていたと思う どうあがいても私が超えられない壁の向こうに、ぼんやり私以外の人たちが見える感じ