いわゆる作風に大きく影響されるのが前提として、物語を読んでいるとき、昔に比べて「意図的にページをめくる速度を落とす瞬間」が増えたような気がする。

興が乗ってくると何でもいいからどんどん先に進みたくなるのには変わりないのだけれど、たとえばどこかで妙に好きな感じの言葉とか、作中に出てくる物品、あとは風景などに惹かれて、しばらく「それ自体に浸る時間」が多くなったというか。
特に小さい頃はほとんど内容だけに興味を占領されていて、あるひとつの箇所が心に残った、という感想をあまり抱かない子供だったなと振り返る。

今はマキリップの小説『イルスの竪琴』3部作、その第1巻「星を帯びし者」を読み終わったところ。これも途中で幾度となく立ち止まっては、細かい部分を味わっていた。

印象的だったのが、作中世界北方のオスターランドを治める領国支配者、狼王ハールの妻アイアが夫を指して口にした言葉で、彼女は彼の性格の一端を「夜中に銀を土に埋めるひとのように、自分の悲しみを埋めようとする」と表現する。

夜中に銀を土に埋めるひとのように……悲しみを……

この部分を目にしてしばらくページから顔を上げ、静かな真夜中の庭を想像した。
続きを読みたい、と一心不乱に駆ける足が止まって、脇にある城壁の石の亀裂から内側を覗く。

各巻読了後、いったん感じたことを書いてから最終巻に進もうかなと思っていたら、とても途中で休憩を挟むことなどできなくなって一気に駆け抜けてしまった。
何から話せばいいのか……。

『イルスの竪琴』3部作
・星を帯びし者
・海と炎の娘
・風の竪琴弾き
パトリシア・マキリップ著
脇明子訳(創元推理文庫版)

小さな島・ヘドの領主モルゴンは好奇心旺盛な若者で、例外的に〈大学〉と呼ばれる施設への入学を許され、大学都市ケイスナルドで数年間「謎解き」を学んだ。
彼はあるとき、アウムの塔に幽閉されている500歳の幽霊、ペヴンが挑戦者に仕掛ける「謎解き」の勝負に見事勝利する。

それによりアン国の王の娘、レーデルルと結婚する権利を得たモルゴンは、大陸の秩序〈偉大なる者〉に仕える竪琴弾きのデスと共に船で海を渡っていた。
そして、レーデルルはかつて親交を深めたモルゴンと手紙を交わしながら、自らに流れる魔女マディルと邪悪な変身術者の血に対し、苦悩を抱えていた。

次々とモルゴンに降りかかる試練が、一体何のためのものなのか。
誰がその命を狙うのか。

それを追いたくて寝食を忘れた。
私ももう、何百年も長い旅をしてきたような気分にさせられる、苦しくも心震わせる道筋の描写が、全然眠らせてくれない。

フォロー

日本語版シリーズ名「イルスの竪琴」は、元の"the Riddle-Master trilogy"に代わるタイトルだけれど。
最後まで読むと、その文字列を目にするだけでちょっと涙が出てきてしまうからもう、ずるい。

「彼女は盾や腕輪や宝石で飾られた王冠や敷石などから光を剥ぎ取り、床の上にオエンを囲んで光の輪を燃え上がらせた。
(中略)
それから、海そのものが聞こえてきた。
海の音は、彼女が作った幻影に自らを織り込んでいった」
(創元推理文庫『海と炎の娘』(2011) P・A・マキリップ 脇明子訳 p.287)

こうした魔法の描写も、また人物の状態や周囲の情景を語るだけでその心すら描いてしまうようなやり方も、自分の好みに合っていて至福の時間だった。
でもそのせいで精神力を使い果たしたのか頭痛がすごい。
没入のしすぎは体調に影響する。

領国支配者も魔法使いも魅力的。
狼王ハールは、ヴェスト(という動物)に姿を変えることができる。
アイシグのダナンは若い頃、樹になってひと冬を過ごした。
ヘルンのエルリアローダンは特別な「眼」を持っていて、物事の裏側を見通す。

違う世界の物語なので、出てくる「人間」も私達が知る人間とはちょっと違っていそうなのが興味深い。あくまでも作中の世界でそう呼ばれている存在、というか。

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