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おなじノンポリでも、いまの糸井重里の意見には反対できるが、井上陽水の「傘がない」に描かれた若ものには反対できないのは、後者が芸能としてすぐれているからだ。これが芸術のあぶないところ。芸としての優劣と作品にふくまれた意見の可否はまったく関連しない。それでも芸がすばらしいとうけ手は意見に共感するようになる。
芸術は政治にべつの価値かんをもちこんで序列を強制てきに変えるちからを政治せりょくから期待される。

逆手に取りアナキズム芸術を成すのであります

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