差別Aに反対していたはずの人達がいとも簡単に差別Bには加担する側に流れていくのを見ていて、私は「人間て結局本当は自分がいじめることの出来る立場になれたならいじめたくていじめたくて仕方ない人ばかりなのか!?」とか思っていたんだけど、それ以外にも「やらかしたり誤った時に(たとえ正しくなくても)慰められたり優しい言葉をかけられる」と、正しさとかではなく心情的にそちら側に対して気持ちが大きく寄っていくというバグが人類にはあるんじゃないかなと強く思う
だから今の時代、『正しいことを言う人』は様々な局面で不利になっているんだろうな
だからといってそれが悪いとも私には思えないし言えないので、だから、本当に難しいな……と思う
でも何をするにしても根本で指標にすべき『正義』は倫理的に正しいものでなくてはならないので、そこが相容れない人はもう仕方ない(と今の「私は」考える)