WedgeONLINE特集「孤独・孤立社会の果て 誰もが当事者になる時代」より。強く共感した箇所を記録しておく。一般的には、共感より反感を買うような話だと思うけれど。 

>一般的には社会に復帰し、働くことがゴールだと考えられていますが、調査を続ける中で「ひきこもり」とは社会参加・就労の問題ではないと考えるようになりました。「ひきこもり」とは生きることを巡る葛藤なのです。

>したがって、本人が自分で考え抜き、悩みや苦しみに折り合いをつけ、自分の人生・存在に納得することを抜きにして解決を語ることはできないでしょう。「働かないでどうやって生きていくのか」とすぐに思ってしまいますが、生きること自体が揺らいでいるのに「生きるために働け」と言われても動けるはずがありません。

自分の存在に納得する感覚はよく分からないけれど、折り合いのついた話はここに書けたらいいなって思ってる。

〈ひきこもりのゴールは働くことではない〉続く誤解、変わるべきは社会のまなざし 立教大学社会学部・石川良子教授インタビュー Wedge ONLINE(ウェッジ・オンライン) wedge.ismedia.jp/articles/-/35

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躓きや痛みは人それぞれ、合う合わないもそうだというのは大前提として。 

理不尽な環境に居たりすると、合理的に考えられなかったり、そもそも考える力も無くなっていたりするんだと思う。
自分の場合は、認知療法について学んだことが大きかった。認知療法の考え方をベースに、自分がコレだと思うものを取り入れて。

考え抜くにしたって自力では限りがある訳で。認知療法は合理的に考える手助けになるので、気軽に認知療法に触れられたら良いのになって思った。

*当時の私が読んだのは「いやな気分よ、さようなら」(デビッド・D・バーンズ 著)という本。

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