全人類が共同で「暴力」の概念を再構築・再確認すべき時だと思う。
殺人や殴打みたいな、物理的な結果が分かりやすい暴力が「暴力の頂点」ではないことを、コンセンサスにしたい。
実は、性暴力こそが暴力の頂点なのでは、という気づきを、全人類で共有すべき時なのだ。
身体的な打撃はもちろん、精神的な打撃があまりにもひどく、それは時間の経過とともに消えるどころか長期間の「潜伏」の果てに突然現れたり、どんどん深刻になっていったり、鬱に進展して自死に追い込まれたり、とにかく被害者の生活と人生を破壊する。
私がモヤるのは、女性が「性暴力こそが暴力の頂点」だということを理屈ではなく感覚として分かっているのはともかくとして、男性だってうすうす気づいているんだろ?ということ。
うすうす気づいているからこそ、英語での最大級の攻撃語が「死ね」ではなくFワードなのだ。
相手のみならず相手の親・夫への殺す並みの破壊力があるからこそ、兵士は敵国の民間女性を「軍事作戦」として強姦した。
男だって、性暴力が暴力の頂点だと分かってるのだ。私は、破壊力を知りながら性暴力を矮小化してきた男たちを許さない。