ひろラハのすこしふしぎな話
冒険者がクリスタルを使うと、時折音が聞こえる。
キンッと石が割れる音、葉が擦れるような音、獣の咆哮、かすかな人の声。
他の者聞いても、そんな音はしないという。
クルルやアレンヴァルドに尋ねてみると、彼女らには聞こえているようだった。
クリスタルは、生命の残滓だ。
魂が発した最期の声を超える力が拾いあげているのかもしれない、と冒険者は考えていた。
冒険者がラストレムナントへ物資を納めにきた時、水晶の道の端でごそごそと蠢くグレビュオフを目にした。
どうにも気になって彼に声をかけると、そのグレビュオフは驚いて飛び上がった。
その足元には、砕かれた水晶が散らばっていた。
「故郷の海の浅瀬によく似た色なんだ。だから、どうしても手元に置いておきたくて」
冷静さを取り戻したグレビュオフは、そう言って更に水晶の道を削り取る。
オミクロン族から借りたのであろうか。黒い石ノミのような道具が金槌で叩かれる。それは容赦なく水晶に食い込んだ。水晶はあっけなくひび割れ、ただの欠片となる。
その瞬間、聴き覚えのある声がした。
「――――――」
冒険者は思わず大きな声でグレビュオフを制止した。
再び飛び上がる彼に、腹の底がひどくざわつくのを抑えながら諭した。
「お前ひとりなら大した影響はない。けど、他の奴らがこぞって同じことをしたら、この道は崩れてしまうから。やめてくれないか」
冒険者の言うことに納得したグレビュオフは去っていった。
誰もいなくなった水晶の道に、冒険者は腰掛ける。
グレビュオフがつけた傷跡をしばらく眺め、いたわるようにそっと撫でた。
『これからもあの人と、どこまでも共に――』
水晶が砕ける時に聴こえたグ・ラハの声は、彼が道になった時に想ったことなのだろうか。
おそらく、本人に直接尋ねても答えは返ってこないだろう。
冒険者は上を向いて目を閉じ、深く息を吸った。
今日もバルデシオン分館で忙しくしているであろうグ・ラハの姿が浮かぶ。
会いたい。
冒険者は立ち上がると、オールド・シャーレアンへその身を飛ばした。
すこしふしぎなひろラハ(付き合ってない)
仕事の依頼でモードゥナに立ち寄った冒険者。依頼人に完了の報告をした後、ふと気が向いてクリスタルタワーに立ち寄る。天を衝き聳え立つ塔はいつもと変わりなくうつくしい。そういえばグ・ラハは離れていてもクリスタルタワーの状態がわかるようだが、一体どのようにして感知しているのだろう。ふとそんなことを思った。
空へと伸びる水晶の壁にそっと手を這わせる。ひやりとした硬質の感触。
「……ラハ、」
ここにいない人に呼びかけてみる。氏族名を排した名。親密な相手にしか許されないという呼び方を、本人の前で口にしたことはなかった。
当然塔は応えない。なんだか妙に気恥ずかしく、冒険者はすぐに正気に返ってその場を去った。
それから数日後。シャーレアンに作った品を卸すついでに、バルデシオン分館に顔を出した。ちょうど書類の整理をしていたグ・ラハと鉢合わせ、いつも通り挨拶をする。
しかし何故だかグ・ラハは顔を赤らめ、何か言いたげに口をもごつかせた。
「なあ、あんたさ……」
「ん?どうした、グ・ラハ」
「……なんでもない」
何故だかすこし拗ねたように視線が逸らされ、彼の姿がメインホールに消えてゆく。
なにか彼の機嫌を損ねることがあっただろうか。心当たりのない態度に、冒険者は首を傾げるのだった。