各大学ともそうだろうが、面接や小論文の採点は必ず複数で担当する。最終評価を決するために各自の評価を示すと大部分ほぼ一致しているのだが、中には結構大きな乖離も無いわけではない。そんな時には踏み込んだ議論になることもある。一致点が見出せることは経験上多くはない。論点が深まるほどに各自が専門家として譲れない点があるからだ。そんな膠着状態になった場合、最終的には最良と最悪の評価を外して他の評価の平均を最終評価とする。要するに、面接や小論文の評価では採点者が人間であり且つ真摯であろうとするほど「ゆらぎ」は不可避なのである。
それを考えるとき、私立大学は別としても、少なくとも国公立大学の入試は出来るだけ公平性と透明性を確保するために、現在のところは、従来からの学力試験一択と思えるのである。
慶應大学SFCがAO入試で本当に良い学生が採れたのはほんの最初だけで、形骸化したものが私立のみならず国公立まで拡散して今日の(悲惨な)状況に至る、というのが偽らざる感想だ。
糞にウジ虫がたかりだした。こんなんばっか
国民民主がどういう役割を担ったかがよくわかるなあ!
【独自】子の年収制限150万円へ 政府与党、25年から適用|47NEWS(よんななニュース) https://www.47news.jp/11890400.html
福祉代わりの懲役は有り得ると思う。本人がそう望んだ可能性も。
「軍事費」を敢えて「防衛費」などと称するのが既に欺瞞であって、安倍晋三時代に散々あったような、本質ずらしのために政府が行う(表面上だけの)「言い換え」に、わざわざ報道側が従う「義務」はどこにもないはず。
スイカ食べる?