ユルスナールの『ハドリアヌス帝の回想』で「愛しすぎたのではない。わたしはあの子に生きるよう強いるに十分なほど愛さなかったのだ」「やさしさの底にどんな苦しさがかもし出されるものか、どんな憎しみが愛にまじっているものか、それを計るのはわたしひとりであった。侮辱されたものが献身の証をわたしの顔に投げつけたのだ。」「もし彼がこの犠牲によってわたしを守ろうと望んだのならば、最高の不幸は彼を失うことだということを感じなかったわけだから、彼は自分があまり愛されてないと信じていたにちがいない」って文章があって、読むたびに自己犠牲に対する怒りの完成形だよってのたうち回るよ。