いまアニメ化してる『ひきこまり吸血姫の悶々』(原作はラノベ)、これも幼女戦記ミームだね。原作と漫画版は、主として男性向け寄りのあわよくば男女狙いって感じ。うまくふると転天枠で行けるかも。作者は男性なのかなあ。よくわからん(作者は史記好きで始皇帝もじりの筆名だから、その属性で考えると普通に男性やろとなる)。
キャラデザが女性絵師で、メインが少女だらけで肉弾戦、ヒロインの厨二バトル属性と、いじめられからの逆襲要素は、ティーン女子狙いが行けそうだが、どうなんだろう。おおむね男性客狙いかな。
ひきこまりは、幼女戦記の「ちびヒロインが偉そうでおもろい」型から逸らした路線の一つで、作者の資質よりもこっちの方がミームとして横断的に活発になった。
そう整理すると、『ティアムーン帝国物語』(処刑回避したいちょろクズ幼女皇女)とか『やり直し令嬢は竜帝陛下を攻略中』(ちび軍人ヒロインが隣国に脱出してダウナーイケメンを口説き落とす)とかと並ぶ。
竜帝はこれ。https://comic-walker.com/contents/detail/KDCW_KS04201867010000_68/
整理しているうちに気づいたが、私はこういうユニットの派生や変形といったネットワークリンクでもって把握することを、タグ属性による作品把握よりも何かを得られると確信しているのが基礎にあるんだな。タグだと、流砂みたいな不定形さがあり、あの作品にもこの作品にもこのタグが該当することが何ら驚きを与えない。
個別のユニット(キャラビルドといくつかのジョブや身振りの組み合わせがメイン)だけではその作品が男向け女向けは決定できず、それらはチューニングや外部付属品次第で変動する、というのがポイントになる。
ユニットがジャンルを必ずしも規定せず、別ジャンルにまたがるとか、そういう幅を描けると、人の関心を引く論述になりそう。
ウェブ創作というのは、前世紀印刷メディアと違って雑誌の男性向け女性向けのバイナリーコード指定のようなものが一度ほぐれているんだけど、大雑把にタイトルとか要素で「おおまかに男女どちら向けなのか」が暗示される程度にとどまる。
そこで、女性主人公で女性メイン客層だが男性客もそれなりについてる作品とか、男性主人公だが女性客メインだとか、そういう女性書き手の作品を模倣する男性作家とか、コミカライズ段階では客を増やすためにターゲットを変えるだとか、交差エリアの開拓がわりと起きやすくなっている。といってもバイナリーコードは無くなってないし、書籍のレーベルや判型がわりと客層分割に対応している(スターツ文庫やアルファポリス文庫は女性向けマーケットが主だとか)。
なろう→ムーンライトノベル/ノクターンノベルの分割もわかりやすく、「ポルノ要素を入れると男性向け女性向け方向付けが明確になってしまうので、男女客混在をキープするなら性行動回避」の知恵もありそう。
前世紀少女漫画では、ビョルン・アンドレセンやデヴィッド・ボウイをもとにした「金髪美少年」形象があるが、これはセルフオリエンタリズムというよりも、他者から自己像までのレンジで好き勝手に使える資材にしてしまう手口だと見た方がよく、これがそのまま00-20年代オタクカルチャーにおける「金髪美少女ロリ」の前にある局面だと見ればいいんだ。
そうすると、私が見てる幼女戦記以後のユニットの運用は、「女性もそこに相乗りしてる」のを観察する段階だとなる。いろいろ繋がった。
女は男体を、男は女体をアンリアルでファンタジックなボディに仕立てる特徴がある。そのとき、金髪美形ビジュアルと日本的美形ビジュアルの二極が(男女それぞれで)資材化されるが、このとき真に透明化・盲点化されるのは非欧米の身体の方なんだろう。
そうなると、なろう的異世界のビジュアル系列とその偏り(日本と西洋亜種しかないの?っていうよくある批判)とは、基本的に「資材化―アセット化済みのソース」に基礎づけられた結果だ、ということになる。