ランクづけとしてのヘイトスピーチ

 “ヘイトスピーチのさまざまな側面が、このランクづけるという根本的機能から派生的に理解できると私は考えます。(略)ランキングの存在は暴力や差別の「正当化」につながる、ということです。「A人集団>B人集団」という序列関係を成立させてしまえば、A人集団とB人集団への異なった取り扱いに根拠があることになります。たとえばB人集団が、本質的により危険(と誤って認識される)ならば、その集団に属するメンバーをより危険視し、警戒する差別的制度や慣習が正当化されてしまうでしょう。

 “二つ目にとりあげたいのは、なせ集団をおとしめる表現として、「ゴキブリ」や「ヘビ」といった、ヒト以外の生き物(「オニ」「悪魔」といった架空のものも含まれるでしょう)が使われやすいのか、という理由です。”


悪い言語哲学入門
和泉 悠 著
第8章 ヘイトスピーチ
ヘイトスピーチは「言論の自由(freedom of speech )」かchikumashobo.co.jp/product/978

 “ゴキブリもヘビも、少なくとも一般的にヒト以下の存在としてランクづけされています。すでにランキングが存在するわけです。すでに存在するランキングを利用すれば、新しく苦労してランキングを作成したり、ランキングの存在を説得したりする手間が省けるのです。ヒト以外の生き物を指す表現を使い、特定の人間集団と既製のランキングを結びつけるのは、ランクづけを成功させるという(邪悪な)観点から見れば、非常に有効な手段だと考えられます。”

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和泉 悠 著
第8章 ヘイトスピーチ
ヘイトスピーチは「言論の自由(freedom of speech )」か
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 “差別的発言をした後に、「差別をする意図はなかった」「悪意はなかった」「差別的とは知らなかった」という言い訳がなされることがあります。”

 “しかし、これまでの考察から分かるとおり、少なくとも発言が社会的関係性にまつわるとき、話者の意図や内心はあまり重要ではありません。”

 “本当のところは、深層心理では、差別的意識がないとかあるとか、そういったことは、表現の公共的使用と無関係なのです。”

 “もしとある単語が、迫害と抑圧の歴史や社会構造と結びつくことにより、差別的含意を持っているならば、一人の話者の力では、その結びつきをどうすることもできません。差別的単語を使用した時点で、差別的な構造の維持に貢献しているかもしれないのです。”

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和泉 悠 著
第8章 ヘイトスピーチ
ヘイトスピーチは「言論の自由(freedom of speech )」かchikumashobo.co.jp/product/978

 “「ことば狩り」というフレーズの裏には、「どんなに危ないナイフでも刀でも、自分にはそれを使う権利があるし、実際安全に使っているのだから、ほっといてくれ」という感覚があるのかもしれません。しかし、そもそもことばがナイフといった道具でないとしたらどうでしょう。ことばが蒸気船やタンカーのようなものだとすると、まず「狩れる」のだろうか、という疑問も湧いてきますが、いずれにせよそんなものを「ほっとく」わけにはいきません。蒸気船やタンカーは、個人が所有しているわけではなく、社会の中で巨大な位置を占め、便利で有益かもしれませんが、慎重に運営しなくては、運河に挟まったり、大事故を引き起こしたりするでしょう。”

 “ヘイトスピーチの可能な規制や、人権を侵害する言語使用を批判するとき、私たちは蒸気船やタンカーの造船技術・運行規則・免許制度などについて話をしているわけです。「タンカーの操縦に規則なんかいらない。大事なのは安全に運転しようとするそれぞれの意識だ。ほっといてくれ」などと言われて納得する人はいないでしょう。”
 

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和泉 悠 著
第8章 ヘイトスピーチ
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自分のランクを自分で下げる「自虐」のもたらす効果と”やりすぎ”の問題
『悪口ってなんだろう』より本文を一部公開webchikuma.jp/articles/-/3197

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