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基本的な話として。抑圧される側、支配されている側、被差別対象層がこの社会において自分達だけの場所を獲得、保持することの重要性がわからぬ人たちが、差別がどうの、人権がどうのと、公の場で良くおしゃべりできるよなと思うんだよな。挙句に抑圧されている人たちに対して説諭とかし始めるからね。ほんとに真面目に考えてるのか怪しくなってくるんだよな、ああした言動見ているとね。止まってる時計の可能性(つまり、マーク・トウェイン言うところの、壊れた時計でも1日に2回は正しい時刻を指す)をそこに見るのよ。例えば従軍慰安婦問題追及している人が、女性の定義をぶち壊している様など見ているとね。時計としては壊れている可能性を見るのよ。だって、話聞いてると、机上の空論ですら成立していないでしょ、まともに取り合える気がしないもの。いや、ほんと、こんな話に延々と付き合わされている女性の皆さんにしたら、たまったもんじゃないとつくづく思う。しかしどこかで必ず、修正、方向転換のフェーズが来るわけだよね。その時、彼らはどうするのだろう。謝罪なり、訂正なりを自分の口で出来るのだろうか。それとも彼らがいつも批判している、ネットヤクザ的極右連中と同じく、ガン無視決め込むのだろうか?

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