その背後を知る上での一つキーになるのは、NHKが不定期に放送していた「ニッポンのジレンマ」という番組の存在だ。出演していた者のリストを今見返すと、あの番組に出ていたそのほとんどが、今となってはロクでもない者ばかりだった、いうのは偶然ではなかろう(苦笑)まあ私はプロの物書き、ライターではないから、ここから先は突っ込まない(突っ込めない)けど、3.11以降、放射能絡み含めて、「情宣部隊」に多くの金が流れ込んでいる気配はヒシヒシと感じる。このコロナ禍でもそうした連中が権威勾配透明化に勤しみながら、あちらこちらで蠢いている。
彼女がどうやって表に出てきたのか。彼女の父親がそれなりに名の知れた心理学の教授であることも影響あるんだろうが、学生結婚後に夫婦揃って自民党主催の感想文発表会、もとい論文コンクールで受賞する前の段階で「ピックアップ」されたのは間違いない。それはどこの誰の意思なのか。その後、農学部にいた彼女が藤原帰一のゼミ生となり、あれよあれよと岩波から単著を出すことにまでなるわけだ。
1980年代後半、英国で流行したポップソングの一部が歌い手の声は違えど全部似たようなものになったのだが、そうした曲はストックエイトキン&ウォーターマンという三人組のプロデューサーチームにより作られていた。三浦“濱村”瑠麗にせよ、古市“ゼント”憲寿にせよ、最近出てきた「若手論客」とやらが、皆同じ匂いを纏っているのはなぜなのか。三浦は藤原帰一を、古市は上野千鶴子や本田由紀らの東大駒場陣営の引き立てによって箔をつけ世に出てきたわけだが、こうしたプロセス含めてその背後に「ストックエイトキン&ウォーターマン」的な連中の存在を感じずにはいられない