更に
“こうしてすでに近代のはじめから、「世界商品」として貿易されていた小麦と砂糖が日本にも流入してきました。それらを取り扱う日本の製粉業や製糖業は、財閥系の大企業数社が市場の大部分を占める「寡占」状態になっていきました。財閥研究の文献によると、1937年ころには、三菱財閥系の「日清製粉」が日本の製粉生産能力の約4割弱を、三井財閥系の「日本製粉」が約3割を担っていたとのこと。砂糖を作る製糖業についても、三井財閥系の「台湾製糖」や三菱財閥系の「明治製糖」が市場の多くを占めていました。砂糖に関しては、日本が台湾を植民地支配したため、政府と財閥と大企業とが絡み合っての製糖業発展でした。ちなみに、植物油を作る製油業については(これが私の研究テーマですが)、大倉財閥系の日清製油と、国策会社の南満州鉄道中央試験所から鈴木商店に払い下げられて作った豊年製油とか圧倒的な大企業でした。”